地面に転がる、大きな金槌。
 大工道具が落ちていたのは、これで三つ目だ。

 どこから落ちたのか。

『ボク早カッタ?』
「……早かった」
『ワーイ♪』

 アスが全速力で引っ張った荷車からだ。
 まさかあんなスピードで走れるとは思ってなかったから、落下防止対策してなかったんだよなぁ。

 あと、荷車の車輪も取れかかっている。
 耐え切れなかったようだ。
 なんとか海岸の作業場までもってよかったよ。

 にしても、

「あんだけのスピードで走れるなら、今の村の中じゃ狭いのかなぁ」
「まぁあの速度で走り回れるスペースはないわねぇ」

 アスも成長した。
 最初に成長させた直から比べると、ほんの少し大きくなったようにも見える。
 ツリーハウス、手狭になってないだろうか。
 もっとたくさん走れる場所が必要なんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていたら、なぜだか寂しくなった。

『ドウシタノ、ユタカオ兄チャン』
「ん……ちょっとな」

 寂しくなって、アスをぎゅっと抱きしめた。

「暑い」
『ボク、ポカポカダカラ』

 走って火照ってるわけじゃなく、普通に平熱が高いんだよなぁ。

「ワームと子竜のおかげで、馬で来るよか早くついたな。ありがとうよ」
『エヘヘ』
『褒められたぁ。わーい』
「うーん。子竜の言葉はわかるが、ワームのはわかんねぇなぁ」
「褒められて喜んでるよ」
「おぉ、そうかそうか。褒められると喜ぶなんざ、人間の子供と同じだな」

 でもそいつ、出産してるんだぜ。
 とはいえ、俺たちもユユたちのことを大人としては見ていないかも。
 やっぱり子供っぽいんだよなぁ、言動とか。

「それじゃ旦那、木材をあっちに並べてくれねぇか」
「了解。お前たち、手伝ってくれ」
『ハーイ』
『お手伝い♪』

 子供っぽいけど、そのパワーは人間の大人を遥かに凌駕している。
 丸太だって余裕で持ち上げられるしな。

 アスは両手で抱えて、ワームたちは尾を巻き付けて持ち運ぶ。
 丸太はインベントリから出して、綺麗に並べるのはさすがに人力……ならぬドラワーム力だ。

「とりあえずこんなもんかな?」
『カナ』
『かなぁ』

 二種類の丸太を、それぞれ百本ずつ取り出した。
 あまり高く積み上げすぎると、職人さんが下ろすとき大変だからな。五段積みまでにしてある。
 その分、広い範囲が丸太だらけになってしまったけれど。

 港建設地にあったのは、作業場だけじゃない。
 平屋が一軒建っている。

「家がある!?」
「あぁ、俺らの寝床だ」

 中を見せてもらうと、二段ベッドが十個並び、長机と長椅子が置いてあるだけの簡素な内装だ。
 まぁ寝泊まりするだけなら、これで十分なんだろう。

「食事はどこで作られるのですか?」
「あぁ、飯はほれ、そこに竈を作ってっから」

 平屋の横に竈があった。鍋を置ける竈と、パンとかピザが焼けそうなものとある。
 もう一軒、隣に同じような平屋が建設中だ。
 これが完成したら、町で人を雇って働いてもらうらしい。
 それでようやく、本格的な港の建設が始まる。

「楽しみだなぁ」
「他の国から、大きな船がくるようになるのよね」
「不思議です。私たちはつい最近まで、砂漠以外のことなんて何も知らなかったのに」
「ほんと……。町にだって来ることなんて思ってた。ううん、町のことなんて頭になかったわ。自分たちのことで精いっぱいだったから」
「だけど、ユタカさんが来てから世界が広がりました。世界にはこんなにもたくさんの人がいて、たくさんのものがある。それを教えてくれたのはユタカさん、あなたです」

 二人にじっと見つめられ、なんだか照れくさくなった。
 二人の後ろの方でニヤァっと笑う大工のおっちゃんたちを見たら、一気にしらふになったけど。





「バフォおじさん、大丈夫かなぁ」
「おじさんが心配なの?」
「そりゃ心配さ」

 丸太の補充をしたあと、そのまま馬車を一台借りて水没神殿へ向かった。
 馬車を引いているのはルルとリリだ。
 アスが『ボクガァ』と言ったが、丁寧にお断りした。
 アスが引いたら絶対落ちる。もしくは酔う。
 それでユユに頼んで、二人で競争してもらうことに。

 結果は五分五分。
 あんまり先に行き過ぎると危ないから、「あの岩まで競争」「あの木まで」と何回かに分けて勝負してもらったが、偶数回数だったのもあって三勝三敗の結果に。

『ムゥ。ユユニ勝テナイィ』
『ボクもう疲れたぁ』
「お疲れさん。神殿に到着したし、二人は日陰で休んでろよ。ほら、そこにでっかい日陰がある」
『主よ、我を日陰扱いにするな』
「よ、フレイ。バフォおじさんは?」

 湖畔にフレイがいた。
 神殿へと渡る橋の上で、冒険者がフレイを見ないようにして渡っていた。

『奴ならば神殿の方にいるぞ』
「入ったのかよ……」

 冒険者に獲物と間違えられてないだろうなぁ。
 さすがに町の人だと喋るヤギじゃ通用しないだろうし。

 中に入ってみるか。

「お、ユタカじゃねえか。仕事は終わったのか?」
「え、バフォおじさん!?」

 神殿に行こうとした矢先、バフォおじさんの声がして振り向くと、数人の冒険者に囲まれたおじさんがいた。
 気のせいか、周りの冒険者の目が……目が虚ろだ。
 何やったんだよバフォおじさん!?