さっそくその週末から「夏葉のやりたかったこと」を叶えていくことに決めた。リストの一つ目は『美海と一緒にまた海に行きたい』だから、美海は両親を何とか説得して一人で外出する許可をもらう。お母さんが手ごわかったけれど……。
「海? 一人じゃ危ないでしょ、お母さんもお父さんも付いていくから」
「でもうちから電車で30分くらいでしょ。そう遠くないじゃん。一回行ったことあるから、大丈夫だって」
「子どもの頃に行ったきりで、それだって病院のみんなで行ったんじゃない。危ないからダメ」
仕方なく、まるで三つ葉葵の印籠を出すみたいに夏葉のノートをお母さんの前に置いた。
「なに、それ。学校の課題?」
「ううん。これ、夏葉のやりたかったをまとめたノートなの。夏葉の死ぬまでにやりたいことリストなの」
「夏葉君……?」
「そう。夏葉の転院先でできた友達っていう人が、たまたま私のクラスに転校してきて、その子からもらったの! 私、どうしてもこのリストを叶えていきたい!」
美海の熱意に先に折れたのは父だった。
「わかった。でも、少しでも体調が悪くなったらすぐに連絡すること。すぐに迎えに行くからね」
「ちょっと、美海に一人で外出なんて危ないことさせないで!」
「今だって一人で学校に行っているじゃないか。それに……美海だって、夏葉君と二人になりたいんだよ。そういう時期なんだよ」
美海の父は美海にノートを返す。
「ちゃんと約束は守るんだよ」
「うん、ありがとう」
リュックに飲み物や軽食、何かあったとき用の薬を詰め込んで、学校に行くよりも早い時間に家を出た。
美海が暮らしている街は海が近い。海が見えなくてもたまに風に乗ってきた潮の匂いを感じる時がある。でも、美海が海に行ったのは一回きり。入院していた時に、小児科のレクレーションで行った。その時、夏葉も一緒だったけれど……あまり楽しい思い出ではなかった。海に行ったのに泳いで遊ぶこともできない上、レクレーションに参加していた子の機嫌が悪くなってしまって、予定していた時間よりも早く病院に帰ることになってしまった。不満しか残らなかったレクの記憶。今思い出しても少しイライラしてしまい、こめかみのあたりがギュッと痛む。薬、飲んでから家を出れば良かったと美海は後悔していた。多少のストレスで頭痛が起きるなんて、本当に嫌になる。
電車の中は少し混みあっていて、美海は吊革につかまりながらぼんやりと外の景色を見つめた。目的地が近づき、電車は海沿いを走る。朝日に反射して、まばゆい光が美海の目に飛び込んでくる。
(ちょっと、マズいかもしれない……)
美海はぎゅっと目を閉じる。じりじりと、頭の真ん中から痛みが生まれ始めていた。なんだか気持ち悪くて、ポケットからハンカチを取り出して口元を押さえる。一度降りて、薬を飲もう。けれど頭の中はガンガンと大きく揺れていて、めまいもする。まっすぐ歩くこともできない。痛みと気持ち悪さを堪えることができなくて、美海はその場にうずくまった。
「大丈夫ですか?」
近くに立っていた女の人が心配そうに声をかけてくれるけれど、美海は返事することもできない。どうしよう、どうしよう……不安ばかりが渦巻いて、身動きが取れない。
そんな時、誰かが美海の肩を抱いた。
「すいません、俺の連れです。大丈夫、美海?」
その声に驚き、美海はハッと顔を上げた。
「い、池光君……?」
まさか、なんで、どうしてこんなところに旭がいるのだろう? 混乱している内に電車は止まり、気づけば美海は旭に抱えられるように電車から降りていた。