うっとりとため息をつく美海。白い箱の中には、銀色のリングが入っていた。小さなダイヤが埋め込まれただけのとてもシンプルな指輪。ダイヤは小さくきらめいている。旭はそれを取って、美海の近くで見せた。
「中の刻印、見える?」
旭は指輪の内側に刻まれた刻印を読み上げる。
――Natsuha to Miu Always with you
――夏葉から美海へ。僕はいつも美海とともに
美海の目尻から一筋の涙がこぼれていった。まるで流れ星みたいな涙。彼も自分と同じ気持ちでいてくれた、それだけでとても嬉しいのに……こんな指輪まで用意してくれていたなんて。
旭は美海の左手を取り、薬指にそれを嵌める。けれどサイズはあっていなくてブカブカだ。
「大きすぎるな。何か夏葉らしい」
「……本当に」
美海は手を挙げてその指輪を見つめる。
「私も、ずっと一緒にいたいって、言えば良かった」
「うん」
「……でも」
そうしたら、彼は転院することなく死ぬまで一緒にいてくれたかもしれない。でも、と美海は繰り返す。
「でも、夏葉が転院しなかったら、旭はここにいないんだよね。旭も夏葉も、私も死んじゃっていた。本当の気持ちを伝えることもできずに」
夏葉の心臓は旭に届かず、彼も亡くなっていたかもしれない。旭に出会えなかったかもしれない。それを考えると、胸が軋むように痛む。いつの間にか、夏葉と同じくらい旭の事も大事になっていた。
「もう一つあるんだ。これは俺から」
旭はそう言って、紺色の箱を開けた。この前、美海の見舞いの帰りに買ってきたそれも『指輪』だった。
「これって……」
「いつか一緒にゲームセンターに行ったとき、美海が見てたやつになるべくそっくりな指輪を探したんだ」
銀色のリングの上には少し大き目な透明の石がついている。確かに、あの時美海が見つけた指輪によく似ているような気がする。旭は、今度は美海の右手の薬指に嵌めた。
「サイズ大丈夫?」
「うん、ぴったり」
「良かった」
「似合う?」
美海は両手を上げて、旭に指輪を見せる。キラキラと光るそれらはまるで星みたいだ。流れ星の一瞬の光を受けて、小さく瞬いている。
「うん、とてもよく似合うよ」
「ありがとう、旭……」
「これは俺から美海へ、感謝の気持ちを込めて」
流れ星はさっきからたくさん流れてきているのに、二人とももう空を見上げようとはしなかった。残り僅かとなった二人だけの時間をいつくしむように、旭は美海を強く抱きしめる。美海も、震えている旭の手に自分の右手を重ねた。
「美海は俺にとっても、この世界で一番大切な女の子なんだ」
「……恥ずかしいこと言って、馬鹿」
「笑うなよ。美海と夏葉に会えて本当に良かった。俺がここまで生きてこられたのは、二人のおかげなんだ。二人がいなかったら、途中で生きるのを諦めていた」
「……うん」
「二人にはすごく感謝している。生きるきっかけを与えてくれた夏葉と、一緒に生きてくれた美海。美海と一緒に遊んでいるのが、俺、今までの人生の中で一番楽しかった。これは本当だよ。美海のことは大好きだ、世界で一番好きだ、夏葉に負けないくらい。でもそれ以上に、美海に感謝しているんだ、俺は」
美海が笑う声が聞こえる。彼女が笑うのもこれが最後かもしれない、旭はさらに強く抱きしめていた。
「ありがとう、旭。……好きって言ってくれて」
「でも、どうせ振られるのは分かってるから。お前は夏葉が一番なんだろ、それはよく知ってる」
「うん……でも、夏葉と同じくらい、旭も大切になった」
「え? マジで?」
美海の思いがけない言葉に旭は耳を疑う。美海は照れているのをごまかすみたいにまた笑っていた。
「ごめんね、旭を置いていくことになってしまって……」
「謝るな」
「ねえ、旭。お願いがあるの」
「なあに? どんなことでも言いなよ」
「旭には、これからもずっと生きていてほしい。私たちの分まで」
旭はじっと美海の言葉に耳を傾ける。
「長生きして、この世界にあるきれいなものを全部見て、天国にいる私たちにそれらのことを教えて? 約束ね」
「俺が美海と夏葉の約束を破るわけないだろう」
「うん、わかってる……」
もう限界だ。目を開けることもできなくなってきた。目の前は真っ暗で、星空も流れ星も、二人がくれた指輪も見えない。もっと旭と話していたかったのに、タイムリミットがもうすぐそこ来ている。最後にもう一度、美海は旭の名前を呼んだ。
「なに、美海?」
旭の声音はとびっきり優しかった。その優しさに包まれていると、恐怖も感じられない。最期を迎える場所が彼の腕の中で良かった、と美海は息を吐く。優しい心臓の音が聞こえてくる、まるで子守歌みたいに。その音に導かれるまま、美海は最後の願いを呟いた。
「私も、夏葉が旭を救ったように、誰かを助けることができるようになりたいな」
美海の指についた二つの星が、彼女の願いに反応するように小さくきらめく。最後にそれだけ言うと、旭の手に重ねていた美海の手が力を失い落ちていった。
「うん、できるよ。絶対に……あしがとう、美海。大好きだよ」
その旭の言葉が美海に届いたのかどうか、今となっては分からない。
美海は流星群の夜から三日後、静かに息を引き取った。