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「美海が通っている高校の編入試験を受けて……本当は学校の中で話しかけようと思ったんだ。ごくごく自然に」
美海が旭と出会ったときのことを思い出し、噴き出すように笑ってしまう。
「すごく不自然だったね」
「仕方ないだろ! まさか転院先の病院に行ったときに本物の美海に会えるなんて思ってもみなかったんだから!」
夏葉と同じ病院なのだから、美海と出くわす可能性を想定しておくべきだった。旭はそんな反省を口にする。
「俺、すごく動揺しちゃってさ……美海にも不審人物みたいな目で見られるし、すごいショックだった」
「私はとても怖かったな」
「だよな。俺も反省しているよ、さすがに」
旭は美海を見つけた時に抱いた高揚感を思い出す。夏葉に見せてもらった写真の通りの女の子。彼からいつも話を聞いていたから、初めて会った気がしなかった。もっとずっと前から知り合いだったような錯覚を覚える。名前を呼びかけた声はわずかに上擦ってしまい、変な声になってしまった。驚いて走って逃げていく美海を呆然と見ているうちに、もっとちゃんと順序立てて話をすればよかったなんて後悔が旭を襲った。
「でも、今こうして一緒にいる。全部夏葉が思い描いていた通りに」
旭はバッグの中から一通の便せんを取り出した。何度も読み返したのか、封筒はボロボロになっている。それを美海に渡した。
「これが、夏葉が俺宛に残した手紙。ここに、夏葉が美海に伝えたかったことが書いてある……全く、俺を経由して美海に自分の想いを伝えようとするなんて、アイツって相当な恥ずかしがり屋だよ」
なあ、夏葉。旭は自分の胸に向かってそう呼びかけた。美海は旭の胸元を見つめる、そこにずっと夏葉がいたなんて信じられない。震える手で封筒を受け取り、中の便せんを取り出そうとする。
しかし、次の瞬間――今まで感じたことのない痛みが美海の頭を襲った。
「うっ、うぁぁあっ!」
「美海、おい、大丈夫か? もうすぐお母さんも着くから、大丈夫だから」
旭は痛みに苦しむ美海を抱きしめて背中を摩る。痛みに耐えられない美海はその腕の中でもずっと暴れていた。
「美海、美海……大丈夫だから。頼むよ、夏葉、助けて……」
美海は夏葉の手紙をぎゅっと握りしめる。旭と同じように、夏葉に助けを求めるけれど彼は何も言ってくれない。自分のもがき苦しむ声と旭の祈るような声だけが聞こえてくる。数分もしないうちに旭の耳に救急車の音が聞こえてきた、きっと美海を迎えにやってきたに違いない。
「美海! これでもう大丈夫だから……美海?」
さっきまで苦しんでいた美海が、今度はぐったりと項垂れている。持っていた手紙は地に落ちて、どれだけ体を揺すっても名前を呼びかけても反応しない。旭は美海の口元に手を当てる、かすかな呼吸だけが指先に当たった。
「美海、おい、美海!」
まだ夏葉の想いだって伝えられていない。夏葉がずっと大事に温めてきた、美海への想い。彼がずっと言えなかったことを伝えるのが自分の使命なのに。
「美海! 旭君!」
救急隊員を先導するように美海の母が駆け上がってきた。
「おばさん、美海が!」
「ありがとう、旭君。もう大丈夫だから、任せて」
美海は救急隊員に抱きかかえられて高台を下りていく。待って、もう少しだけ、心の中で旭は叫ぶ。なんだか嫌な予感がした、もう美海に会えなくなるような。その悪い予感は恐怖に変わって旭を覆っていく。
「夏葉、俺、ちゃんと伝えるから……」
だから、まだそっちに行かないでと美海に伝えてほしい。落ちていた手紙を拾い、旭はそれを祈るように強く握りしめていた。