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「……美海、遅いな」

 待ち合わせ場所に先に到着していた旭。スマホの時計を確認しながら美海がやってくるのを今か今かと待っていたけれど、美海は一向に現れない。元々時間を守るタイプだし、遅れる時はちゃんと旭に連絡してくれる。旭は胸騒ぎを感じて、まずは美海に電話をかけた。

「……電話でないな。なにしてるんだよ、美海」

 何度も電話をかけても美海は出ない。メッセージも送り続けるけれど、見た形跡もない。深くため息をつく。胸のざわつきが止まらない、不安な事ばかり想像してしまう。待ち合わせ場所にくる途中で事故に遭ったかもしれない。もしかしたら、頭痛の発作が起きて倒れてしまったのかもしれない。この前、学校を休んでまで病院に行っていた。美海は大丈夫だって話していたけれど、もしかしたら病状が進行しているのかもしれない。旭は夏葉のことを思い出す。夏葉も末期の頃は……と思い返しそうになって、それを振り払うように頭をぐしゃぐしゃとかきまぜた。いや、きっと美海は大丈夫だ。信じろと自分に言い聞かせる。せっかくセットした髪がグチャグチャになるけれど、少しだけ目が覚めたような気がした。旭は顔を上げた。

「よしっ」

 いてもたってもいられなくて、旭は急いで美海の自宅に向かった。その途中で会えたらいいのだけど……でも、旭は美海とすれ違うことはなかった。
美海の自宅にはすぐに着いた。息が上がっているのも心臓が激しく脈打っているのも構わず、旭はわずかに震える指でインターホンを押す。もしかしたら、まだ出かける準備が終わってなくて家を出るのが遅れただけかもしれない。そう願いながら、玄関のドアから美海が出てくるのを待つ。

「旭君!?」

 願いもむなしく、ドアを開けたのは美海の母親だった。彼女もとても驚いた表情で旭を見つめている。

「どうしたの? 何かあった?」
「あの、美海は?」
「え? とっくに家を出たけれど……」

 旭も美海の母も、顔が青ざめていく。旭は震える声で、たどたどしく今の状況について美海の母に伝える。

「美海、待ち合わせ場所にも来なくて。電話しても出てくれないし、メッセージ送っても返信がなくて……ここに来るまでに会えたら良かったけれど……」

 息が上がって肩で大きく呼吸を繰り返している間に、美海の母はリビングにいた父親を呼ぶ。

「美海がいない? だって約束があるからって朝早く出て行っただろう?」
「待ち合わせ場所に来ていないって、旭君が!」

 苦しそうに胸を押さえ、肩を上下しながら懸命に呼吸をする旭。待ち合わせ場所から懸命に走ってきてくれたのだろう、その姿を見て、美海の父もそれが本当のことであると気づいた。

「警察だ、お母さんは警察に連絡しておいてくれ。俺は探しに行ってくるから! 旭君は少し休んだ方がいい、君だってあまり無茶をしたら……」
「いや、俺も行きます!」

 美海がいなくなったのも、自分が一緒に出掛ける約束をしたからだ。旭は自分自身を責めていた。もちろん、美海の両親は旭が悪いなんて思っていない。娘の病状をちゃんと把握しきれていなかった自分たちが悪いのだ、と思い込んでいた。

「それじゃあ、旭君は駅の方を見に行って欲しい。もし何かあったらすぐ連絡を」
「わかりました!」

 苦しむ胸を押さえて、旭は走り出す。心臓が悲鳴を上げようとしているのが分かる、それを鼓舞するように自分の胸を何度も何度も叩いた。

――頼む、夏葉。力を貸してくれ、美海のためなんだ!

 旭は今来た道を戻るように、何度も美海の名前を叫びながら駅に向かって駆け抜ける。似たような背格好の女性を見ると、美海なんじゃないかと錯覚してしまう。美海の両親から、今日はどんな服装だったのか聞いておけば良かった。それを目印にできたら少しは楽なのに。

 探している内に旭の体は限界を迎えて、足取りは力を失くし、体はよろよろと揺れていた。胸を押さえて座り込む旭。大粒の汗が体中を伝う。何度も何度も夏葉に祈ったのに、体は言うことを聞かないし美海の気配もどこにもない。顔を流れる幾筋もの汗を服で拭いながら、旭はあたりを見渡した。視線の先に公園が見える、そこで水を飲んで少しだけ休もう。重たくなった足を引きずりながら、ゆっくりと公園に向かっていく。ベンチを探そうと顔を上げた時、その目に望んでいた姿が飛び込んできた。

「美海!」

 旭は大きな声でその名を叫ぶ。けれど、美海は全く反応しなかった。驚いて肩を揺らすことも、旭を見ることもない。ベンチに座り、ぼんやりと自分のつま先のあたりを見つめている。

「美海! 美海、良かった……見つかった……」

 安堵した旭は疲れなんて忘れて美海に駆け寄った。けれど、美海の視線は動かないまま。

「なあ、おい、美海。どうしたんだよ。どこか痛むとか……?」

 何度も名前を呼ぶと、美海はようやっと顔を上げた。目が合う、けれどその瞳は真っ黒で何も写し出そうとしない。異変を感じ取った旭は、美海の肩に触れようとした。その時、彼女は口を開いて『名前』を呼ぶ。

「……夏葉?」
「え……?」