詩音さんが今回のコンテストには参加しないということで少し興を削がれつつも、今回の作品への自信もあって順調に作業は進み、コンテストの応募初日がやってきた。
「文也くん、今日からコンテスト応募できるけど、もう応募した?」
「もちろん。もし応募し忘れたら、悔やんでも悔やみきれないから」
今日がコンテストの応募初日ということで、締め切りや結果発表まではまだしばらく時間があるので無理に今応募する必要はない。
しかし、この自信作を応募し忘れるというのが最悪なので、僕は応募開始当日に作品を応募する。
それは今回ばかりではなく、これまでほとんどのコンテストでそうして応募してきた。
おかげで僕はコンテストの応募をし忘れたという経験はまだない。
「そうだよね、文也くんの人生だもんね」
「それもそうだね。でも、この小説が僕の人生を描いたものだってことに関係なく、今回の作品は上手く行った気がするんだ」
これを書く前には詩音さんにひどい言葉をぶつけてしまったことがあったり、山咲さんたちの嫌がらせが始まったり、僕が成長する機会は多かった。
その表現が、作品にも現れているような気がしている。
それにこれは、詩音さんがコンテストに参加すると思って、今度こそは絶対に勝手やるという気持ちで書いた作品だ。
だから、この作品は自信作だ。
「それじゃあ、帰ったら文也くんの作品、もう一回読むね」
「感想とか、あれば好きなタイミングで」
実際のところ、詩音さんに文章を見せつつ作業を進めていたので、詩音さんは大方のあらすじを知っている。
「うん、感想言うよ」
詩音さんは作品の内容をほとんど知っているのにも関わらず、感想を言ってくれることを快諾した。
そこで、 僕はもう一つ。
「結果発表のとき、一緒に見てほしい」
詩音さんと一緒に見たい。一人で見るのは不安だから。
詩音さんなら、きっと応えてくれるだろう。
「駄目だよ」
僕の予想とは異なり、詩音さんは僕のお願いを断った。
咄嗟に言葉が零れる。
「なんで」
「だって、文也くんがコンテストに出したのは、かなり自信のある作品なんでしょ?」
詩音さんの言葉は、僕にとって半分は正解であり、半分は間違いだった。
確かにこの作品自体には自信があるが、その反面この作品は僕の人生を描いたものであるという視点に立って考えれば自信があるとは言えない。
「というか、文也くんはもっと自分に自信を持つべきだと思う」
詩音さんの言葉は、正しくはあったが、問題もある。
「でも、一人でも結果を確認するのは怖い。受賞できなかったとき、僕はどうなるのかわからない」
「結果を確認したあとなら電話でもなんでもしていいから。だから、結果を見るのだけは文也くん一人でやったほうがいいよ。それに、もし受賞してたらあらかじめ連絡が来るよ」
「……わかった」
詩音さんの熱心な言葉に、僕は首を縦に振らざるを得なかった。
「詩音、七瀬、なんの話してるの?」
仕方なく詩音さんの言葉に同意した僕の姿を認めて気になったのか、山咲さんが詩音さんと僕に尋ねる。
詩音さんは心配そうに僕の顔を見る。
山咲さんとの付き合いも長くなってきて、僕はそろそろ言わなければならないと覚悟を決めた。
――沈黙。
息を大きく吸う。
「僕、小説を書いてるんだ」
覚悟を決めた僕の言葉に、山咲さんはさりげなく相槌を打った。
そして、詩音さんが続ける。
「私も」
詩音さんが付け足すのにも山咲さんは頷くだけで、話を聞く姿勢らしかった。
「それで、今度あるコンテストについて話をしてた」
僕が最後まで説明を終えると、それで話が終わったことを確認したのか、山咲さんは喋り始める。
「七瀬と詩音がそのコンテストに、自分の小説を出すってこと?」
「今回私が出す予定はなくて、文也くんの手伝いに徹してる。でも、文也くんは春香の言う通り、コンテストに小説を出すよ」
山咲さんが確認すると、詩音さんはそう説明し、少し考え込む様子を見せた。
彼女は僕が小説を書いていることを一体どう思うだろうか。
昔の苦い記憶が思い出される。
『――地味だね』
首を振る。
山咲さんが、告げた。
「七瀬も詩音も、すごいね。小説書いてるんだ」
僕が思い出した苦い記憶は、即座に山咲さんによって上書きされた。
山咲さんの言葉が信じられず、聞き間違いを疑うが、すぐに聞き間違いではなく、しかも自分が褒められていると言うことがわかる。
そのうえで、自分が褒められると少し気恥ずかしい。
「書くだけなら誰にでも出来るから、僕はそんなにすごくないよ。でも、詩音さんは他のコンテストで受賞したことがあって、それはすごいと思う」
捲し立てるように早口で言った僕の言葉に、山咲さんは丁寧に頷く。
「詩音はそりゃすごい。でも、七瀬だってすごい。もし小説を書きたいと思ったとしても、それを行動に移せるのはほんの一握りだけだろうから」
そう言う山咲さんの隣で、詩音さんが深く頷く。
「賞を取ったことがないとしても、文也くんの文章はすごいよ。人の心を動かす力がある」
二人が僕を褒めてくれるのが嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。
「二人とも、ありがとう」
褒められているのが恥ずかしくて、 曖昧に返事をしようかという考えが一瞬頭をよぎったが、僕は素直に感謝を述べた。
自分のことを褒めてくれるのに対しては、素直に感謝するのが礼儀だと思うから。
「私はただ思ったことを言っただけ」
山咲さんは素っ気なく告げるが、その言葉が照れ隠しであることは簡単にわかった。
「文也くん、春香、そろそろチャイム鳴るから、席に戻ろ」
詩音さんに言われて時計を確認すると、次の予鈴まで時間がない。
僕たちは解散してそれぞれの席に戻った。
「文也くん、今日からコンテスト応募できるけど、もう応募した?」
「もちろん。もし応募し忘れたら、悔やんでも悔やみきれないから」
今日がコンテストの応募初日ということで、締め切りや結果発表まではまだしばらく時間があるので無理に今応募する必要はない。
しかし、この自信作を応募し忘れるというのが最悪なので、僕は応募開始当日に作品を応募する。
それは今回ばかりではなく、これまでほとんどのコンテストでそうして応募してきた。
おかげで僕はコンテストの応募をし忘れたという経験はまだない。
「そうだよね、文也くんの人生だもんね」
「それもそうだね。でも、この小説が僕の人生を描いたものだってことに関係なく、今回の作品は上手く行った気がするんだ」
これを書く前には詩音さんにひどい言葉をぶつけてしまったことがあったり、山咲さんたちの嫌がらせが始まったり、僕が成長する機会は多かった。
その表現が、作品にも現れているような気がしている。
それにこれは、詩音さんがコンテストに参加すると思って、今度こそは絶対に勝手やるという気持ちで書いた作品だ。
だから、この作品は自信作だ。
「それじゃあ、帰ったら文也くんの作品、もう一回読むね」
「感想とか、あれば好きなタイミングで」
実際のところ、詩音さんに文章を見せつつ作業を進めていたので、詩音さんは大方のあらすじを知っている。
「うん、感想言うよ」
詩音さんは作品の内容をほとんど知っているのにも関わらず、感想を言ってくれることを快諾した。
そこで、 僕はもう一つ。
「結果発表のとき、一緒に見てほしい」
詩音さんと一緒に見たい。一人で見るのは不安だから。
詩音さんなら、きっと応えてくれるだろう。
「駄目だよ」
僕の予想とは異なり、詩音さんは僕のお願いを断った。
咄嗟に言葉が零れる。
「なんで」
「だって、文也くんがコンテストに出したのは、かなり自信のある作品なんでしょ?」
詩音さんの言葉は、僕にとって半分は正解であり、半分は間違いだった。
確かにこの作品自体には自信があるが、その反面この作品は僕の人生を描いたものであるという視点に立って考えれば自信があるとは言えない。
「というか、文也くんはもっと自分に自信を持つべきだと思う」
詩音さんの言葉は、正しくはあったが、問題もある。
「でも、一人でも結果を確認するのは怖い。受賞できなかったとき、僕はどうなるのかわからない」
「結果を確認したあとなら電話でもなんでもしていいから。だから、結果を見るのだけは文也くん一人でやったほうがいいよ。それに、もし受賞してたらあらかじめ連絡が来るよ」
「……わかった」
詩音さんの熱心な言葉に、僕は首を縦に振らざるを得なかった。
「詩音、七瀬、なんの話してるの?」
仕方なく詩音さんの言葉に同意した僕の姿を認めて気になったのか、山咲さんが詩音さんと僕に尋ねる。
詩音さんは心配そうに僕の顔を見る。
山咲さんとの付き合いも長くなってきて、僕はそろそろ言わなければならないと覚悟を決めた。
――沈黙。
息を大きく吸う。
「僕、小説を書いてるんだ」
覚悟を決めた僕の言葉に、山咲さんはさりげなく相槌を打った。
そして、詩音さんが続ける。
「私も」
詩音さんが付け足すのにも山咲さんは頷くだけで、話を聞く姿勢らしかった。
「それで、今度あるコンテストについて話をしてた」
僕が最後まで説明を終えると、それで話が終わったことを確認したのか、山咲さんは喋り始める。
「七瀬と詩音がそのコンテストに、自分の小説を出すってこと?」
「今回私が出す予定はなくて、文也くんの手伝いに徹してる。でも、文也くんは春香の言う通り、コンテストに小説を出すよ」
山咲さんが確認すると、詩音さんはそう説明し、少し考え込む様子を見せた。
彼女は僕が小説を書いていることを一体どう思うだろうか。
昔の苦い記憶が思い出される。
『――地味だね』
首を振る。
山咲さんが、告げた。
「七瀬も詩音も、すごいね。小説書いてるんだ」
僕が思い出した苦い記憶は、即座に山咲さんによって上書きされた。
山咲さんの言葉が信じられず、聞き間違いを疑うが、すぐに聞き間違いではなく、しかも自分が褒められていると言うことがわかる。
そのうえで、自分が褒められると少し気恥ずかしい。
「書くだけなら誰にでも出来るから、僕はそんなにすごくないよ。でも、詩音さんは他のコンテストで受賞したことがあって、それはすごいと思う」
捲し立てるように早口で言った僕の言葉に、山咲さんは丁寧に頷く。
「詩音はそりゃすごい。でも、七瀬だってすごい。もし小説を書きたいと思ったとしても、それを行動に移せるのはほんの一握りだけだろうから」
そう言う山咲さんの隣で、詩音さんが深く頷く。
「賞を取ったことがないとしても、文也くんの文章はすごいよ。人の心を動かす力がある」
二人が僕を褒めてくれるのが嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。
「二人とも、ありがとう」
褒められているのが恥ずかしくて、 曖昧に返事をしようかという考えが一瞬頭をよぎったが、僕は素直に感謝を述べた。
自分のことを褒めてくれるのに対しては、素直に感謝するのが礼儀だと思うから。
「私はただ思ったことを言っただけ」
山咲さんは素っ気なく告げるが、その言葉が照れ隠しであることは簡単にわかった。
「文也くん、春香、そろそろチャイム鳴るから、席に戻ろ」
詩音さんに言われて時計を確認すると、次の予鈴まで時間がない。
僕たちは解散してそれぞれの席に戻った。