その日をきっかけに、日々に光が戻っていった。

 ほぼ毎日詩音さんと一緒に登校し、休み時間はほとんど詩音さんと一緒に過ごし、ほぼ毎日詩音さんと一緒に下校する。

 そんな日々はクラスメイトたちからの嫌がらせも気にならないほど明るいものだった。

 ただ、クラスメイトたちからの嫌がらせは気にならなかったが――。

 僕の視線の先で、山咲さんが詩音さんの足を引っかけた。

 躓いた詩音さんのことを、クスクスと周囲のクラスメイトたちが嘲笑する。

 詩音さんが苦しげに顔を歪めた。

 そして、その表情を覗き込んでか、またもや陰湿な笑いが広がる。

 しかし、詩音さんは気にせず山咲さんの正面に立つ。

 きっと、この間言っていた、山咲さんが本当に悪なのか、これから尋ねるつもりなのだろう。

 だが、僕はそこに違和感を感じた。

 とはいえその違和感がなんなのか実態を突き止めることは出来ず、山咲さんと向き合う詩音さんの姿を静観する。

 詩音さんが、なにも言わない。

 もしなにかあったら僕に助けを求めるという言葉を思い出して、僕はおもむろに詩音さんの方へ歩く。

 クラスメイトたちが、大げさに僕を避ける。

 僕が詩音さんに近づいていくにつれて、詩音さんの荒い息遣いから恐怖が伝わってくる。

「詩音さん」

 僕は、出来るだけ優しく詩音さんに声をかける。

 詩音さんは、僕の声を聞いても変わらず荒い呼吸を続ける。

「息、ゆっくり吸って」

 詩音さんが息を吸う。

「吐いて」

 詩音さんが息を吐く。

 僕は詩音さんに指示を続ける。

 しばらく詩音さんと一緒に吸って、吐いてを繰り返す。

「ありがとう、文也くん」

 そう言って詩音さんは山咲さんの方を向きなおす。

「春香、一個聞きたいことがあるんだけど」

 山咲さんは、詩音さんの存在を無視して、次の授業で使う教科書を取り出す。

「なんで、そんなことするの?」

 山咲さんは、詩音さんの言葉も聞かず、詩音さんの立っている方から身体を逸らして隣の席の男子に話しかける。

 山咲さんはまともに詩音さんの話を聞くつもりもないのか、と僕は嘆息した。

「春香がそんなことをする必要があるのにも思えないし、もしかして春香が悪いってわけじゃないの?」

 一瞬空気が変わって、山咲さんが詩音さんの言葉に応えるのか、と期待する。

 しかし、すぐに山咲さんは身に纏う空気を元の調子に戻し、隣の男子と談笑し始める。

「私は、春香がそんなことするような人だと思ってない」

 詩音さんの言葉に、山咲さんはこちらを振り返った。

「詩音、ちょっとこっち来て」

 その表情は、暗いものではない。

 詩音さんは山咲さんに満面の笑みを向けた。

 僕は、彼女たちの話を邪魔するわけにはいけない、と自分の席へ戻る。

 詩音さんと山咲さんの関係に少しでも進展が生まれて、僕は少し安心した。

 しかし、二人の話し合いは長期にわたって続いた。

 休み時間が終わり、一度二人は教室に戻ってきたが、次の休み時間が終わるとすぐに二人して教室から出て行ってしまい、気づけば放課後になっていた。

 僕は放課後になって真っ先に詩音さんへ声をかけようとしたが、どうやら二人は一緒に話をしながら帰るようで、僕が話しかける隙はなかった。

 二人の空気感は険悪というわけではなく、だからといって仲睦まじいというわけでもなく、まさに無色といったものだったので二人だけで帰るというのは詩音さんが少し心配だった。

 それでも、あとをつける勇気は僕にはなく、家に帰ってからLINEで結果報告を訊こうと、僕は一人帰路に着いた。