「詩音さんは、普段どういう時間の使い方してるの?」

 詩音さんの家で作業を始めてすぐ、僕は詩音さんに尋ねた。

 詩音さんは、参加者数が決して少なくなく、商業化もかかったコンテスト最優秀賞を受賞した実力者だ。

 その習慣を真似すれば、僕も少しでも実力がつくのではないかと思って訊く。

「最近はバイトと小説漬けだったけど、その前は、どうだったかな……」

 詩音さんはしばらく考える素振りをした。

 僕は下手に口を出そうとも思えず、詩音さんを見守ることしか出来ない。

「ああ、そうだ。放課後は基本的に、バイトか、小説の材料集めか、それか友達と遊んでた」

 友達となにをしていたのか少し気になったが、友達というのは山咲さんを筆頭に、今は対立している人たちであろうことを考えて、なにも訊かない。

 代わりに、湧き出た疑問を言葉にする。

「ずっと小説を書いてるわけじゃないんだ」
「そうだね、家に帰ってからは小説を書く時間が長かったけど、それ以外にあんまり小説は書いてないな」

 僕は小説ばかりに囚われすぎて視野が狭くなっていたのかもしれない。

 いつだってそうだ、僕は小説が関わるとどうも視野が狭くなるらしい。

 それを一番顕著に示しているのが、詩音さんが受賞したときの僕の暴走だ。

「私も、文也くんくらい真剣に小説と向き合えれば、いいんだけどね」

 詩音さんは、苦虫を嚙み潰したような表情で言った。

「私だって真剣に向き合ってないってわけではないけど。文也くんくらいの情熱は、ないから」

 僕は抑えたはずの嫉妬が心の蓋を揺らすのを感じた。

 僕は誰より真剣に小説に向き合ってるのに。

「僕は」

 言いかけた言葉は、遮られた。

「私の考えなんだけど……文也くんが真剣に向き合ってる対象は、本当に小説なのかな」

 受け入れたくない言葉だけど、自然と受け入れられた。

 その意味が、わかる。

「文也くんは、他人の文章と、他人の感情と向き合ってるんだと思う。本当は、ああいう作品を書きたいって思ってるわけではないんじゃない?」

 心の弱点のど真ん中を貫くような言葉だ。
 
 まさに図星を突く言葉。

「……わからない。僕は今、どんな気持ちで小説を書いてるのか、自分にもわからないんだ」
「きっと文也くんは、小説への向き合い方を間違えてるんだと思う」

 でも、一体どうやって向き合えばいいのか。

「なにも、わからない……」
「わからないから探すんだよ」
「どうやって、探すんだ……」
「手探りかもしれないけど、ヒントが無いわけじゃないと思うから」

 でも、でも。

「僕には、出来ない……」

 少しは成長したと思っていた心はなにも変わっていなかったのか、萎縮して動き出そうとも思わない。

「一緒に探そう」

 独りで動き出そうとは思えなかった。

 二人なら。

 詩音さんは僕の言葉を待っているようだった。

「……僕の人生を描く小説、進めよう。詩音さんも手伝ってくれる?」

 詩音さんは、待ってましたという風に笑った。

「もちろん、私に出来る限りのことをする!」