詩音さんは不満そうに顔を歪めた。

 それは、クラスメイトが僕を陰キャだと評したためだった。

「私は良いけど、文也くんを馬鹿にするのはやめてよ」
「無理。七瀬が陰キャなのは事実でしょ?」

 クラスメイトたちを後ろに従わせて目の前に立つ山咲さんは、高らかに笑いながら言った。

 それに対して詩音さんが一歩前に出ようとして、僕はその裾を掴んで引き留めた。

「詩音さん、いいから」
「でも、文也くん」
「下手に問題を起こす方が厄介なことになるから、気持ちだけでいいよ」

 僕が必死に引き留めると、詩音さんはやっと止まってくれた。

「……文也くん」

 山咲さんが勝ち誇った表情をするが、そんなもの気にしては彼女の思惑通りになってしまう。

 だから僕はその表情を見なかったふりをした。

「詩音さん、そろそろ着席しないと授業始まっちゃうよ」
「そう、だね」
「またあとでゆっくり話そう」

 これから一体どんなことをされるのか想像するとどうしても恐怖を感じるが、詩音さんを守らなければならないと考えれば恐怖を感じている暇もない。

 そんな僕たちを横目に入ってきた教師がクラスメイトたちに着席を促す。

 授業が始まる。

 時間がゆっくり流れているような感じがするのはきっと、詩音さんと話すことが出来ないからだろう。

 これまではこんなことなかったのに、と何度も何度も思い直したことをまた考える。

 そして、ゆっくりと惰性的に流れる時間の中でもクラスメイトたちの嫌がらせが止むことはなかったらしく、スマホを睨む詩音さんの顔が険しい。

 そこで、授業中にスマホを開くことは校則違反だけど仕方なく僕もスマホを開く。

 そして、詩音さんにLINEを送信する。

『LINEを気にするより授業を聞いた方が良いと思うよ』

 同時に詩音さんの表情がぱっと明るくなった。

 その後、スマホを覗き込んで僕にLINEを送信し、シャーペンを手に持つ。

 真剣に黒板を睨んでノートに書き写す詩音さんの姿に見惚れて、気づくと僕がノートを全くとっていないうちに授業は終わっていた。

「文也くん、私にあんなこと言っといて全然授業聞いてなかったじゃん」
「気づいてたんだね。ちょっと、集中出来なくて」

 詩音さんに見惚れていたとはさすがに言えず、曖昧に誤魔化す。

「でも、ありがとう。文也くんのおかげで授業に集中出来たよ」
「こういう場合のコツは、出来るだけ気にしないことだから」

 僕が嗤われても小説を書き続けることが出来たのは、僕を馬鹿にした彼らのことを気にせず執筆だけに集中したからだ。

「ありがとう。今度から気を付けるね」
「僕を心配してくれた気持ちは嬉しかった。こちらこそ、ありがとう」

 詩音さんは珍しくはにかんで笑った。