今日乗る予定の電車の発車時刻から十分ほど前、僕は小さな駅の改札前で本を読みながら詩音さんを待つ。
それから五分ほどして詩音さんがやってきて、僕は顔を上げた。
「おはよう文也くん!」
「うん、おはよう詩音さん」
「文也くん、私服じゃん。さすがに買ったんだね」
遊園地に行ったときの僕は制服しか持っていなかったため制服を着てきた。
しかし、今回は今日に備えて私服を買ってきたので、それを着て来ていた。
とはいっても、母が買ってきた上が無地の白Tシャツで下はジーンズという雑な服装なのだけれど。
「うーん、おしゃれでもないけどださくもない……微妙だね」
「僕もそう思う」
それに対して、詩音さんは丁寧に用意してきたであろうことが伝わってくる。
なぜなら、僕の服装はださくない程度のものだが、詩音さんの服装が僕では想像も出来ないほどおしゃれだったからだ。
実のところ、その姿勢が実際におしゃれだったのか僕には判断がつかないが、とても詩音さんに似合っていた。
その服装は、なんというかふわふわした生地の服に、いわゆるロングスカートを合わせたもので、詩音さんが大人びて感じられる。
僕はまるでただの引き立て役みたいだ。
「詩音さんは、よく似合ってる」
「ありがとう。可愛い?」
詩音さんが僕に尋ねる。
「可愛い?」と訊かれた場合、選べる選択肢は国語的には「可愛い」もしくは「可愛くない」だ。
いくら僕が空気を読めないからといってこの状況で「可愛くない」と答えるほどではないので、必然的に取れる選択肢は「可愛い」だけになってしまう。
たとえ僕が「可愛くない」と答えられるほど空気を読めなかったとしても、どうせ詩音さんは可愛いので結果に変わりはないのだけれど。
しかし、素直にそう言って気持ち悪いと思われてしまう可能性がゼロではないことが怖くて、それを素直に伝えることは出来なかった。
「うん、まあ」
「そっか。嬉しいな。文也くんも、服装は微妙だけどすごく格好いいよ」
「そうかな……」
僕はあまり自信が持てなかったが、詩音さんがそう言ってくれるなら、すごく格好いいんだと信じることにした。服装は微妙だけど。
「じゃあ、そろそろ電車来るから、一旦ホームに降りようか。文也くんもSuicaだよね?」
「そうだね、僕もSuica」
ピッ、と改札でSuicaを利用する音が小気味よく響く。
「電車は、あと三分か……」
「そうだね、ちょっとだけ時間あるから話そうよ」
「ああ」
僕にとって詩音さんと話すことは楽しいことなので、ノータイムで頷く。
「文也くんは、コンテスト向けの作品書き終わった?」
「うん、推敲もほとんど終わって、これでほぼ完成形かな、って思ってる」
「私、それ読みたいんだけどどこで読める?」
「小説投稿サイトの僕のページで読めるよ。アカウント名は――」
僕は詩音さんにアカウント名を伝えた。
詩音さんは嬉々としてスマホを開き、アカウント名をそこにメモした。
「詩音さんにとって面白いかは僕にもわからないけど」
「文也くんが書くものなんだから、面白いに決まってるよ」
「あんまり期待されてもその期待に沿えるかはわからない……」
僕は不安だったが、詩音さんの笑顔を見てその不安が安心に変わった。
「大丈夫、きっと面白いから」
「そう、かな……。ありがとう、詩音さん」
今日もまた、詩音さんに応援されている。
僕はもう、詩音さんがいないと生きていけないのかもしれない。
「あ、電車来たよ」
「そうだね」
僕たちは、遊園地に行ったときと同じように電車に腰を下ろした。
詩音さんとの距離が、あの時より少し近い。
「私、遊園地に行ったのが人生初デートだったの」
「そうなの? 詩音さんは仲良い人とかと遊びに行ってそうだけど……」
「そんなイメージだったんだ……。私、男の人とここまで仲良くなったのは初めてだよ」
僕が初めて詩音さんとここまで深い関係になった人だということ、そして詩音さんに男として認識されていることが少し嬉しくて、浮足立ってしまう。
「暖かいね、冬なのに」
冬の暖かさと、かたかたと小刻みに揺れる電車のリズムと、然程遠くない詩音さんの体温が心地良くて、僕は意識を手放した。
それから五分ほどして詩音さんがやってきて、僕は顔を上げた。
「おはよう文也くん!」
「うん、おはよう詩音さん」
「文也くん、私服じゃん。さすがに買ったんだね」
遊園地に行ったときの僕は制服しか持っていなかったため制服を着てきた。
しかし、今回は今日に備えて私服を買ってきたので、それを着て来ていた。
とはいっても、母が買ってきた上が無地の白Tシャツで下はジーンズという雑な服装なのだけれど。
「うーん、おしゃれでもないけどださくもない……微妙だね」
「僕もそう思う」
それに対して、詩音さんは丁寧に用意してきたであろうことが伝わってくる。
なぜなら、僕の服装はださくない程度のものだが、詩音さんの服装が僕では想像も出来ないほどおしゃれだったからだ。
実のところ、その姿勢が実際におしゃれだったのか僕には判断がつかないが、とても詩音さんに似合っていた。
その服装は、なんというかふわふわした生地の服に、いわゆるロングスカートを合わせたもので、詩音さんが大人びて感じられる。
僕はまるでただの引き立て役みたいだ。
「詩音さんは、よく似合ってる」
「ありがとう。可愛い?」
詩音さんが僕に尋ねる。
「可愛い?」と訊かれた場合、選べる選択肢は国語的には「可愛い」もしくは「可愛くない」だ。
いくら僕が空気を読めないからといってこの状況で「可愛くない」と答えるほどではないので、必然的に取れる選択肢は「可愛い」だけになってしまう。
たとえ僕が「可愛くない」と答えられるほど空気を読めなかったとしても、どうせ詩音さんは可愛いので結果に変わりはないのだけれど。
しかし、素直にそう言って気持ち悪いと思われてしまう可能性がゼロではないことが怖くて、それを素直に伝えることは出来なかった。
「うん、まあ」
「そっか。嬉しいな。文也くんも、服装は微妙だけどすごく格好いいよ」
「そうかな……」
僕はあまり自信が持てなかったが、詩音さんがそう言ってくれるなら、すごく格好いいんだと信じることにした。服装は微妙だけど。
「じゃあ、そろそろ電車来るから、一旦ホームに降りようか。文也くんもSuicaだよね?」
「そうだね、僕もSuica」
ピッ、と改札でSuicaを利用する音が小気味よく響く。
「電車は、あと三分か……」
「そうだね、ちょっとだけ時間あるから話そうよ」
「ああ」
僕にとって詩音さんと話すことは楽しいことなので、ノータイムで頷く。
「文也くんは、コンテスト向けの作品書き終わった?」
「うん、推敲もほとんど終わって、これでほぼ完成形かな、って思ってる」
「私、それ読みたいんだけどどこで読める?」
「小説投稿サイトの僕のページで読めるよ。アカウント名は――」
僕は詩音さんにアカウント名を伝えた。
詩音さんは嬉々としてスマホを開き、アカウント名をそこにメモした。
「詩音さんにとって面白いかは僕にもわからないけど」
「文也くんが書くものなんだから、面白いに決まってるよ」
「あんまり期待されてもその期待に沿えるかはわからない……」
僕は不安だったが、詩音さんの笑顔を見てその不安が安心に変わった。
「大丈夫、きっと面白いから」
「そう、かな……。ありがとう、詩音さん」
今日もまた、詩音さんに応援されている。
僕はもう、詩音さんがいないと生きていけないのかもしれない。
「あ、電車来たよ」
「そうだね」
僕たちは、遊園地に行ったときと同じように電車に腰を下ろした。
詩音さんとの距離が、あの時より少し近い。
「私、遊園地に行ったのが人生初デートだったの」
「そうなの? 詩音さんは仲良い人とかと遊びに行ってそうだけど……」
「そんなイメージだったんだ……。私、男の人とここまで仲良くなったのは初めてだよ」
僕が初めて詩音さんとここまで深い関係になった人だということ、そして詩音さんに男として認識されていることが少し嬉しくて、浮足立ってしまう。
「暖かいね、冬なのに」
冬の暖かさと、かたかたと小刻みに揺れる電車のリズムと、然程遠くない詩音さんの体温が心地良くて、僕は意識を手放した。