シャトルは海王星の中へと降りていく。雲を抜け、深い碧へとどんどん降りていくと白い霧の層に入ってきた。それをさらに碧暗い奥へと降りていくとやがて闇に包まれていく。

 ヘッドライトをつけ、まるで深海のような暗闇をさらに下へ下へと潜っていく。

「こんなところに……本当にあるの?」

 タケルは不安になってネヴィアに聞いた。

「普通そう思うわな。何もこんなところに作らんでも……」

 ネヴィアはグングンと数値が上がっていくモニターの深度計を見ながら、肩をすくめる。

 さらにしばらく降りていくとモニターに赤い点が表示されはじめた。一列に並んでいる点にはそれぞれ四桁の番号が振られている。

「あー、うちの星は3854番じゃったな……。お、あれじゃ!」

 ネヴィアはそう言いながら点の一つへと近づいて行く。ヘッドライトにはチラチラと雪のような白い粒が舞って見える。

「これが……、ダイヤモンド?」

「そうじゃが、このサイズじゃ宝石にはならんな。カッカッカ」

「これ、もっと深くまで行くと大きいのがあるんだよ? くふふふ……」

 シアンは楽しそうに笑う。

「ちょ、ちょっと待ってください。そんな深くまで潜れる船なんてないですよね?」

 ネヴィアは怪訝そうな顔で聞いた。

「僕の戦艦大和ならいくらでも大丈夫! エヘン!」

 シアンは意味不明なことを言って自慢げに胸を張る。

「ほら、もうすぐ見えてくるぞー」

 ネヴィアは面倒くさい話になりそうだったので、聞かなかったふりをして前を指さした。

 やがて、暗闇の中に青白い光が浮かび上がってくる。それはまるで深海に作られた基地のようにダイヤモンドの吹雪の中、幻想的に文明の明かりを灯していた。

 近づいて行くと全容が明らかになってくる。漆黒の直方体でできた武骨な構造体は全長一キロメートルほどあり、継ぎ目から漏れる青白い光が表面に幾何学模様を描く。それはまるで暗闇に浮かぶ現代アートのような風情だった。

 タケルはその異様な巨大構造体を前にして不思議な感傷に包まれていた。生まれてからずっと自分はこの中で生きてきたのだ。街も友達もそしてクレアとの交流もずっとこの中で営まれていたのだ。この太陽系最果ての碧い星の奥底、ダイヤモンドの吹雪の中で、淡々と地球は創出され、回り続けていた。

 これはとんでもない奇跡なのではないだろうか?

 生まれ育ってきた故郷の真の姿を目にして、タケルは自然と湧いてくる涙を指で拭いながら、近づいてくる偉大な巨大構造体をじっと見つめていた。


        ◇


 無事接舷したシャトルから降りると、肌を刺すような冷気に襲われる。

「ひぃ~っ! 寒いっ! 寒いっ!」

 シアンは叫びながら通路をダッシュして、ジグラートの内部へと跳び込んでいった。

 タケルもガタガタ震えながらシアンを追う。何しろ外は空気も液化してしまう極低温なのだ。通路もかなりの低温になってしまう。

 ジグラートの内部へ足を踏み入れた瞬間、視界はたちまち虹色の光の洪水に飲み込まれ、タケルは息をのむような美しさに目を奪われた。それは微細でありながら、無数の輝きが絡み合い、まるで生きているかのように躍動し、幻想的な景色を作り出していた。

 ほわぁぁぁ……。

「どうじゃ? これが地球じゃよ。驚いたか?」

 ネヴィアは圧倒されているタケルにドヤ顔で笑う。

 Orangeのデータセンターも相当に高集積されたサーバー群だったが、さすがにジグラートは次元が違った。スパコンの一兆倍はあろうという超ド級のデータセンターは、もはや神々しささえ感じさせる圧倒的なスケールだった。

 小屋サイズの円筒形のサーバーラックが無数の虹色の光を明滅させながらずっと奥まで並び、それが上にも下にも金属のグレーチングの通路を通してどこまでも続いて見えるのだ。

 見れば一個一個のサーバーは一枚の畳のようなクリスタルの結晶である。きっと光コンピューターだろう。それが軸に向かってたくさん挿さって円柱状になり、それが何層にも積み重なって一つのサーバーラックを構成しているようだ。そして、そのクリスタルの結晶からは微細な無数の輝きが漏れ出し、全体ではまるで豪華なイルミネーションのように虹色のまばゆい光を放っていた。

 地球をコンピューター上で再現するなど夢物語だと思っていたが、こうして目の前で明滅する膨大な数のサーバー群を見せつけられると、現実解だと思わされる。そう、ここまでしないと地球なんて作れないし、逆にここまでやれば地球は創り出せてしまうのだ。

「何やっとる。ほら、行くぞ」

 ネヴィアは感動に打ち震えているタケルの肩をポンポンと叩くと、グレーチングの通路をカンカンと音を立てながら奥へと歩き始めた。

「ま、まって!」

 いよいよクレアを生き返らせる。しかし、この膨大なデータセンターで一体どうやって一人の少女を生き返らせるのか、タケルには皆目見当もつかなかった。