「下手をしたらこの大陸が消し飛ぶぞ?」
ネヴィアはタケルを非難するようににらんだ。魔石というのは膨大なエネルギーの集合体。それこそTNT火薬なんかよりずっとエネルギー密度は高いのだ。岩山全体の魔石を爆弾として使えば、核爆弾を超えるエネルギーが放出されるに違いない。
「大丈夫さ。僕の計算だと天崩滅魔なら百キロ以内が火の海になるだけさ。ハハッ!」
「ひゃっ、百キロ!?」
ネヴィアは思わず宙を仰いで頭を抱えた。タケルは魔王支配域全体を焼き払うつもりなのだ。それは恐竜を滅ぼした隕石の落下のようにこの星の全てを変えてしまうかもしれない。ネヴィアはその予測不能の暴力に気が遠くなりそうになった。
タケルはどんどん小さくなっていく岩山を見ながら言う。
「ねぇ、宇宙へ連れていってよ」
「う、宇宙?」
「ここに居たら焼け死んじゃうかもだし、その瞬間をしっかり見ておきたいのさ」
タケルはひと仕事やり終えたさっぱりとした顔で言った。
「……。ふぅ、しょうがないな……」
ネヴィアは大きく息をつくと、両手を高々と掲げ、二人をすっぽりと包む大きなシャボン玉状のシールドを張り、そのまま空へと高く持ち上げていった。
うっそうと茂る暗黒の森が眼下に広がり、それがどんどんと小さくなっていく。湖が光り、山脈が見え、雲を突き抜け、ぐんぐんと高度を上げていった。遠くの方にキラキラと金色に輝くものが飛んでいるのが見える。
「よしよし、天崩滅魔は順調に飛んでいるな」
青かった空は上空へと上がって行くとやがて暗くなり、眼下には霞んだ森が広がり、雲が流れているのが見える。宇宙へと足を踏み入れたのだ。
天崩滅魔も真っ黒な宇宙を背景にキラキラと輝きながら徐々に上昇をやめ、今度は魔王城めがけて放物線を描きながら急降下していく。
それは前代未聞のカタストロフィの襲来であり、まるでアポカリプスを知らせる鐘のように激しい衝撃波を放ちながら、爆破予定地点へと着実に近づいて行く。
◇
その頃、魔人たちは得体のしれないものの出現に大騒ぎしていた。
「激烈な魔力反応! 空からです!」
魔王軍の作戦本部で制服を着た若い魔人が、画面を見ながら青い顔で叫んだ。
「魔力反応? 何だそれは?」
将校らしき魔人は怪訝そうな顔で聞く。
「分かりません。ですがこのペースだと三分以内に魔王城に到達します!」
「さ、三分!? シールドを最大出力で張れ!」
「すでにやっています! ですが……こ、これは……、シールドを百枚張っても防げそうに……ありません! ひぃぃぃぃ!」
魔人はそう叫ぶと頭を抱え脱兎のごとく逃げ出していった。
「そっ、総員退避ーーーーッ!!」
魔王軍中心部は魔王城を囲むようにたくさんの石造りの建物で構成されていたが、全域に警報が鳴り響く。
魔人たちは慌てふためいて地下の防空壕へと駆けこんでいく。魔法部隊の一部は激しい輝きを放ちながら迫りくる天崩滅魔に向けて魔法を放っていたが、まさに焼け石に水。巨大な岩山に何が当たろうと進路一つ変えることはできなかった。
タケルは宇宙から魔王城めがけて落ちていく天崩滅魔をじっと見つめていた。自分ができる最高の攻撃、それは唯一無二の人類最強の爆弾を落とすこと。
人類を攻め滅ぼそうとやってくる不可解な魔物たち、その親玉である魔王は滅ぼさねばならない。悠長にドローンなどで戦っていたからクレアは死んでしまった。攻撃は一撃必殺、最初から全ての力をつぎ込むべきだったのだ。
キラキラと輝く天崩滅魔が薄雲を派手に突き抜け、いよいよ魔王城に迫っていく。
「クレア……、見てて……」
タケルはクレアのことを思い出しながら手を組み、その瞬間を待つ。かけがえのない大切な人、クレアを殺したにっくき魔人に天誅を下すのだ。天国からこの究極の攻撃を見ていて欲しい。タケルの頬に知らぬ間に涙が伝った。
ついにその瞬間がやってくる。
激烈な閃光が天も地も、全てを激しい光で覆った――――。
ぐわっ!
百キロ以上離れているタケルでも目を開けていられないほどの激しい輝き、火傷しそうな熱線が大陸全体を貫いた。
魔王軍の拠点は瞬時に蒸発し、大地はマグマのように溶けた。湖は沸騰し、森は一斉に燃え上がり、爆心地から百キロ圏内のものは全て炎に包まれていく。
それは世界が消えゆくかのような光景だった。かつて恐竜が支配していた地球を一瞬で焼き尽くした隕石のように、魔王の領土は灼熱の波に飲み込まれていった。
タケルの怒りは、神話に記される雷神の一撃をも超える猛威を振るい、人類史における比類なき狂気の行為として、恐怖とともに語り継がれることになるだろう。
やがて、徐々に落ち着いていく輝き……。
そっと目を開けて見れば、世界の終わりを告げるかの如き天を穿つ巨大なキノコ雲がそびえている。灼熱の輝きを放ちながら、ゆったりと昇るキノコ雲はこの世のものとは思えない禍々しさで、まるで神話に出てくる神の怒りのようだった。
爆心地から白い繭のように衝撃波の球体が音速で広がっていく――――。
広大な燃え上がる炎の森に襲いかかった衝撃波は火砕流のように全てを吹き飛ばし、炎と共に木々は舞い、沸き上がる湖は霧消していった。その、全てを飲みこむ圧倒的暴力はもはや美しさすら湛えている。
タケルは無言でその未曽有の殲滅劇を眺めていた。きっとクレアを殺した魔人もこれで死んだに違いない。もし、魔人と共存共栄できる道があるならばそれを模索するのもありかもしれないなどと、昔は甘いことを考えていたが、今となってはその甘さに激しい怒りを覚えてしまう。
クレアを殺すような連中と組むことなど絶対にありえない。全力で叩き潰す以外の選択肢などないのだ。
終末の風景を眺めるタケルの頬には静かに涙が流れている。
「気が済んだか……?」
ネヴィアは渋い顔をしながら重いため息をついた。
「そうですね。これで魔王も倒せたでしょうし、クレアも浮かばれると思います」
「いや、魔王様は……」
ネヴィアは何かを言いかけて首を振り、口をつぐむ。
「え……? ネヴィアは魔王のことを知ってるの?」
「まぁ、行けばわかるじゃろ」
ネヴィアはため息をつきながらシールドを操作し、魔王城の方へと飛ばしていった。
◇
爆心地付近は活火山の火口のように一面のマグマの海で、黒く冷えて固まった表面も裂け目ができると赤黒い溶岩が顔をのぞかせる。
「あれが魔王城じゃな」
ネヴィアの指さす先には、まるでマグマの海の上に浮かぶようにガラスの立方体が建っていた。十階建てのビルくらいのサイズだろうか? あの激しい熱線にダメージを受けた様子もなくクリアな透明感で青く輝き、異質さを際立たせていた。
「む、無傷!? あの攻撃で?」
タケルは思わず言葉を失った。タケルのできる、人類最大とも言える攻撃をクリーンヒットさせたというのに傷一つついていない。それは明らかに理外の存在だった。
ネヴィアはゆっくりと下降すると、魔王城そばの溶け残った岩の上に着陸した。きっと魔王軍参謀本部の建物だったものだろう。魔王城の陰となって熱線の直撃を免れたようだった。
シールドを解くと、まるで火山の火口の中にいるような激しい熱線が全身に照り付けてくる。
タケルは顔を熱線から守りながら、涼しい顔して屹立している魔王城を見上げた。その、青くクリアな構造は陽の光を青く染め上げ、まるで海の中にいるような錯覚すら感じさせる。
「くぅぅぅ……、なんだこいつは……」
タケルはコンコンと手の甲で叩いてみるが、ひんやりとして固く、ガラスのような感触だった。
「魔王城以外はふっ飛ばした……のかな?」
タケルは腕で顔を覆いながら辺りを見回してみる。
すると、向こうの方で岩がゆらゆらと揺れ、ゴロリと転がった。
見れば黒焦げの男がよろよろと這い出してくるではないか。そのボロボロの服で銀の鎖がキラリと輝きを放つのをタケルは見逃さなかった。
「あっ! お前は!」
タケルは岩の上を器用に駆けながら男の元へと走った。
「貴様! クレアを殺した魔人だな!」
タケルは護身用の銃を取り出すと男に向け、叫んだ。
「お、お前がこれをやった……のか……? くっ……。あの時殺しておけば……」
「クレアを殺した罪の重さはこれでも足りないくらいだ」
タケルは怒りに震える手で銃の安全装置をカチャリと外す。
「はっ、あの小娘の命がこれに匹敵すると……。馬鹿な。だが、それでも魔王様には届くまい。クッ、クックック……」
魔人は全身焼けただれて死を間近にする中、強がった。
「魔王とは誰なんだ? お前らは魔王の何なんだ?」
「知らん。誰も会ったことなど……ないからな……」
「は……? 会いもせずに言いなりになってるのか?」
「本能が求めるのだ。我らを滅しても魔王様は必ず次を用意する。次に死ぬのは……お前だ! はっ、はっはっは……」
ズン! ズン! ズン!
タケルは無表情で銃の引き金を引き、ファイヤーボールを連射する。魔人の体は粉々に粉砕され、破片は宙を舞い、風に乗って散っていった。
ふぅ……。
タケルは目をつぶり、胸に手を当ててしばらく動かなくなる。
クレアの仇は取った……が、気持ちは少しも晴れず、タケルは大きく息をついて首を振った。
見上げれば魔王城は太陽の光を受け、どんな宝石よりも美しい青色に輝いている。この幻想的な美しさの中に倒すべき魔王が潜んでいるのだ。
魔人でさえ遭遇したことがないという、神秘に包まれた魔王。その存在はただの強さではなく、この世の理解を逸脱した何か異質なオーラを放っている。タケルはその不可思議な感覚に顔を歪め、首を傾げた。
タケルは魔王城に近寄り、どこか出入り口は無いかと手の甲でカンカンと叩きながら構造を探っていく。しかし、まるで水族館の大水槽のように継ぎ目一つなく、ただ、ひんやりと冷たいガラスが続いているだけだった。汚れ一つない透明感をたたえるガラスをのぞきこんでも、中心部には漆黒の闇が広がり、青色に輝く不思議な光の微粒子がチラチラと舞っているばかりだった。
手詰まりとなったタケルはネヴィアに振ってみる。
「なぁ、ネヴィア。お前はここの中に入る方法を知っているんだろ?」
ネヴィアは腕を組み、渋い顔をしてタケルの行動をじっと見つめていた。
「魔王様に会ってどうするつもりじゃ?」
「分からない……。でも、僕はそいつに会わねばならない気がするんだ」
「『分からん』じゃ、紹介しようも無いんじゃぞ?」
ネヴィアは険しい目でタケルを見る。やはり、ネヴィアは魔王への会い方を知っていたのだ。
「……。僕は……、本当のことが知りたいんだ。魔人とは何者で、魔王は何がしたいのか? クレアはなぜ死ななければならなかったのか? 知らなければもう生きてはいられないんだ」
タケルは自然と湧いてくる涙をポロポロとこぼしながら、ブンッと、こぶしを振った。
「……。ええじゃろう。お主は規格外じゃからな。こんなところまで来た人間は初めてじゃ」
ネヴィアはふぅと大きく息をつくと魔王城に近づき、指先でそのガラスの表面に不思議な図形を描いた。
ヴゥン……。
重厚な電子音がしてガラスの表面にパキパキっと格子状に割れ目が入り、その部分がすゅうっと奥へと引っ込んでいく。通路ができたのだ。
「ついてこい」
ネヴィアはタケルをチラッと見ると、魔王城の中へと進んでいった。
◇
古代遺跡の管理人、ネヴィアが魔王城への入り方を知っていた。それはタケルにの心中に複雑な想いを巻き起こす。ネヴィアとうまくコミュニケーションできていたら、もしかしたらクレアが死ぬような運命も回避できていたのかもしれない。そう思ってしまうと心は千々に乱れてしまうのだった。
もちろん、ネヴィアには情報漏洩のセキュリティロックがかかっているのだから、無理だったかもしれないが、それでも試してもみなかったことにタケルは詰めの甘さを感じてしまう。
タケルはネヴィアに続き、一歩一歩ひんやりとする魔王城の中へと足を進めた。最初はガラスを通じて外の景色が見えていたが、曲がっていく通路を進むにつれ徐々に闇に沈み、ただチラチラと青い微粒子が舞うばかりとなってしまう。
暗闇の通路をさらに進むと、向こうに細かい光の点が無数に広がっているのが見えてくる。チラチラと瞬く光の点。それはどこかで見たような記憶がタケルの脳裏をくすぐる。
突き当りまで進んでいくと、いきなり、下の方に壮大な碧い水平線が広がっていた。
へ……?
タケルは一体それが何がしばらく分からなかった。しかし、よく見れば壮大な天の川が流れ、無数の星々の中に壮大な碧の球体が浮かび上がっているのが見て取れた。なんとそれは大宇宙に浮かぶ巨大惑星だったのだ。
はぁっ!?
タケルは動けなくなった。
暗黒の森の奥に作られた魔王城の通路を歩いていたら大宇宙にいる。そんな馬鹿な話があるだろうか?
「何しとる。早く来るんじゃ!」
ネヴィアは渋い顔をして手招きする。
「いや、ちょっと、これ、どういうこと? あれは何?」
「何って、見たまんまじゃろ。太陽系、第八惑星【海王星】じゃ。最果ての碧の惑星じゃな」
「海王星!? なんで魔王城の中が海王星なんだよぉ!?」
タケルはネヴィアに駆け寄った。
「なんでもくそも、全ての星は海王星に抱かれて生まれるからじゃ」
そう言いながら、ネヴィアは突き当りのガラスドアに指先で何かの模様を描いた。
パシュ!
ロックが解除されドアが開く。
ドアの向こうを見てタケルは驚いた。そこはオシャレなオフィススペースだったのだ。無垢材の高級なテーブルに、宙に浮かぶ卵型の椅子、各所に間接照明や観葉植物が配され、バースペースからはかぐわしいコーヒーの匂いが漂ってくる。
ただ、そのオフィスは何とも奇妙な事に、向こうの方は上の方へとせり上がっているのだ。
「タケル君、ようこそ!」
いきなり頭の上から声をかけられ、タケルは驚いて上を見上げた。
はぁっ!?
上にもなんと逆さまのオフィスがあり、アラサーの男性がこちらを見上げて手を振っているではないか。
ここでようやくタケルは気がついた。ここはチューブ状のスペースコロニーなのだ。宇宙空間を円筒状になって回っていて、その遠心力でコロニーの壁面に疑似重力を生み出しているのだ。
「今参ります!」
ネヴィアはそう言うと、タケルの手を取ってピョーンと跳び上がる。
うわぁ!
タケルはコロニーの上空へと連れていかれた。しかし、跳び上がってしまえば基本無重力である。二人は不思議な軌跡をえがきながらやがて男性の方へと近づいて行く。
ネヴィアはくるりと回って着陸態勢に入ると、タケルにも足を床の方へと向けさせた。
おわぁ!
「上手く着地するんじゃぞ!」
かなりの速度で回っている床に、ネヴィアは一足先にスライディングするように着陸すると、タケルの身体を受け止める。
よいしょー!
タケルはネヴィアに抱きかかえられるようにして何とか床に着地した。
ふぅ……。
安堵しているタケルの元に男性がニコニコしながら近づいてくる。
「地球管理局へようこそ!」
ダボっとしたわずかに金属光沢を放つジャケットを着た、気さくな男性はにこやかに右手を差し出した。
タケルは困惑しながら握手をする。
「あ、あなたが……、魔王……ですか?」
「あぁ、それは魔人たちが勝手にそう呼んでいるだけさ。僕は瀬崎豊。ただの管理人だよ」
瀬崎は面倒くさそうに肩をすくめた。
「瀬崎……? もしかして……」
「そう、僕も日本出身さ。まぁ座って……」
瀬崎はそう言いながら会議テーブルの席を案内した。
は、はぁ……。
タケルは人類の敵、クレアの仇である魔王が、こんなスペースコロニーで働いている日本人だったことに混乱を隠せない。
瀬崎はコーヒーを入れたカップをタケルに差し出す。
「いやぁ、まさかあんな攻撃を繰り出してくるとは完全に予想外だったよ。おかげで魔王軍は全滅。君の完勝だな」
「なぜ……、なぜこんなことをやっているんですか?」
タケルは声を震わせながら、極力冷静に努めながら聞いた。
「これが……宇宙の意志……だからかな?」
瀬崎は自分も納得していない様子で、渋い表情を浮かべながら首をかしげる。
「人を殺すのが宇宙の意志だって言うんですか!?」
タケルはガン! と、テーブルをこぶしで叩いた。こんなところで涼しい顔で人類を手玉に取っている構造など許しがたいのだ。
「うん。君の怒りは良く分かる。僕も最初そう思ったからね」
「人生はゲームじゃないんだぞ! みんな必死に生きているんだ!」
タケルは涙声で吠えた。
「そりゃそうさ。でも、僕だって必死に生きてるんだけど?」
瀬崎は肩をすくめる。
タケルは訳が分からなくなった。本当ならこの日本人をボコボコに殴ってしまうべきなのかもしれないが、それで何かが解決するような気もしないのだ。今まで生きてきた自分の人生がまるで映画だったかのような錯覚すら覚えてしまう。
「一体……なんなんだよぉ……」
タケルはポロポロと涙を流しながら、怒りの矛先が分からなくなってテーブルに突っ伏した。
◇
タケルが落ち着くのを待ち、瀬崎は淡々と説明をする。
「我々は地球を創り、そこに人類を産み落とす。そして、エネルギッシュな多様性のある社会となるようにあらゆる施策を盛り込み、時には敵を作り、時には助け、人類の健全な発展に貢献していく。死など望んではいないが、その過程で死者が出るのは避けられない」
「そんなことのために……クレアは殺されたんですか!?」
「おいおい、僕がやっているのは舞台の整備だけだ。そこで何が起こるかは君たち登場者の選択の結果だ」
「選択の……結果……?」
「魔人が危険な相手だということは君も知っていたはずだ。不審なものを見かけたクレアちゃんを単独行動させるなんて僕なら絶対やらんよ」
肩をすくめる瀬崎。
「そ、それはそうですが、だからと言って人殺しを配置していたあなたにも責任はあるんじゃないんですか?」
タケルは泣きはらした目で瀬崎をにらんだ。
「あるかもしれないね。でも、これ、仕事だからね。文句あるなら女神様に言って」
瀬崎はつまらなそうに首を振った。
タケルは反論しようとしたが、言葉が出てこない。瀬崎の責任を追及してもクレアが戻ってくることはないし、自分に落ち度があるのもまた確かなのだ。
くぅぅぅ……。
タケルは自分の愚かさが嫌になり、ガックリとうなだれ、涙をポロポロとこぼす。
「いい娘だったよねぇ……」
瀬崎はそう言うとコーヒーを一口すすった。
うわぁぁぁぁ……。
深い絶望の中で、タケルは自身の失ったものの大きさを受け入れられずに激しく泣きじゃくる。あんなにやさしく、健気な彼女を自分の慢心が原因で失ってしまったことが、タケルの心を容赦なく引き裂いていった。
「クレアちゃん……、呼び戻す?」
見かねた瀬崎はボソッとつぶやく。
へ……?
タケルはその耳を疑うような言葉に固まった。
「瀬崎様! そ、それは禁忌……」
横で聞いていたネヴィアが真っ青な顔で言いかけるのを遮って、タケルがガバっと体を起こす。
「そ、そんなことできるんですか!?」
涙でグチャグチャになった顔を隠しもせず、瀬崎をまっすぐに見つめるタケル。
「はっはっは! 君がそんなこと言うなんてね。自分の存在をなんだと思っているんだ?」
瀬崎は楽しそうに笑った。
「じ、自分……ですか……? あっ!?」
タケルは自分自身死んで転生してこの世界にやってきたことを思い出す。死は終わりではないのだ。それは自分の存在が証明していた。
「瀬崎様、マズいですよぉ……」
ネヴィアは眉をひそめながら小声で言う。
「もちろん、命の再生は女神様の専権事項。僕がやったら捕まっちゃうよ。でも、蛇の道は蛇。バレなきゃいいのさ」
瀬崎は悪い顔でニヤッと笑った。
「ど、どうやるんですか?」
タケルは身を乗り出す。
「これさ」
瀬崎はそう言いながらポケットから小さなガラスのかけらを取り出し、テーブルに置いた。
「え……? こ、これは……?」
タケルは恐る恐る手を伸ばし、そのガラスの破片を手に取ってみる。まるで目薬のような不思議な形をしたそれは、光にかざしてみると中に集積された微細な構造がキラキラと虹色に輝き、まるで宝石のように見えた。
「も、もしかして……」
ネヴィアは嫌な予感を感じ、首を振りながら後ずさる。
「君の想像通り。これをジグラートのサーバーに挿す。それで解決さ」
「いやいやいや、ジグラートなんて誰が行くんですか?」
「タケル君……だけど、タケル君じゃ何もわからないからね。ついて行ってあげて」
「えぇぇぇぇぇ!! 嫌ですよぉ! 嫌っ! 死にたくないぃぃぃ!」
ネヴィアは目に涙を浮かべ、バタバタと暴れる。
「はははっ、大げさだな。それこそ上位存在に見つかったりしなければ楽勝でしょ? それに、そのくらいやってあげてもいいんじゃないか? 君も結構お世話になってるんだろ?」
「嫌です! 嫌っ!」
ブンブンと子供のように首を振るネヴィア。
「何? 君、そんなに薄情なの? ならそろそろ君の勤務実態の精査を……しようかなぁ……」
瀬崎はそう言いながら空中にウインドウを開いた。
「お、お待ちください!」
ネヴィアは急に真顔になって瀬崎の腕をガシッとつかんだ。
「わたくしが彼を案内します! わたくしは情に厚いですので」
「厚い?」
「そりゃもう南極の氷より厚いと評判であります!」
瀬崎はその見事なまでの手のひら返しにクスリと笑うと、ポケットから小さな黒いチップをネヴィアに渡した。
「じゃあ、これ。シャトルのキー。ご安全に」
「了解であります!」
ネヴィアはビシッと敬礼をすると、タケルの手を取って、「すぐに行くぞ!」と上へと一気にジャンプした。
うわぁ!
床を離れ、小さくなっていく瀬崎を見ながら、タケルは慣れない移動方法に目を白黒とさせる。
「くぅ……。面倒くさいことじゃ……」
ネヴィアは口をとがらせ、深くため息をつく。
「わ、悪いねぇ。でもクレアのため、協力してくれよ」
タケルは予想もしていなかったクレア復活のチャンスに胸は躍り、ワクワクしながらギュッとネヴィアの手を握った。
「乗り掛かった舟じゃからな……。じゃが、死んでも文句は言わんでくれよ」
ネヴィアはそう言いながらポケットからスプレー缶のような道具を出すと、プシュッとひと吹きし、スペースコロニーの中心部分を奥に向かって飛び始めた。オフィススペースの奥は公園のような木の生い茂るエリアとなっていて、その奥には芝生エリアが広がっている。
「死ぬって……、そんなに危険なの?」
タケルは芝生でピクニックをしているのどかな人たちの上空を飛びながら、眉をひそめる。
「ジグラートは海王星の中、氷点下二百度のダイヤモンドの吹雪が吹き荒れる中にある。以前行った時は遭難しかかったんじゃ」
「な、なんでそんなところに……」
「宇宙で一番寒いところじゃからな。サーバーから出る多量の排熱を冷やすには都合は良かったんじゃろ? 知らんけど」
「サーバー? ジグラートってデータセンター……なの?」
「そうじゃ、全長一キロにもなるダイヤモンドの吹雪の中に浮かぶ漆黒のデータセンター。まさにバケモンじゃよ」
「そんな巨大データセンターで一体何を……?」
「……。お主もうすうす感づいとろう。地球を創り出しておるんじゃ」
「えっ!? コンピューターで地球を創ってる!?」
「そうじゃ。大地も海も街も人も動物も全部デジタルの産物じゃ。お主も我もな」
タケルはその説明に言葉を失った。今までの人生、何の違和感もなく地球があって人があることを当たり前のように感じていたが、全てそれは幻想だったということらしい。いわば世界はVRMMOのようなバーチャルゲームであると考えた方がいいのかもしれない。
そう考えてくると自分が転生したことも、ITスキルで魔法を繰り出せたことも、そして、これからクレアを生き返らせに行くことも全てスッと胸に落ちてくる感覚があった。
しかし、それを認めてしまうと自分はゲームのキャラクター同然ということになる。タケルはその受け入れがたい話をどう捉えたらいいのか分からず、ギリッと奥歯をかみしめ、顔をしかめた。
芝生エリアの奥に機械設備が並ぶ産業エリアが見えてくる。
「さて、そろそろ着地するぞ」
ネヴィアはタケルの手をギュッと握りなおす。柔らかでしなやかな小さな手の暖かさにタケルは困惑する。こんなにも柔らかく温かな感覚を、コンピューター処理が生み出しているということに理解が追い付かなかったのだ。
はぁぁぁ……。
タケルはギュッと目をつぶって首を振る。
「お主、何やっとる!? 着地姿勢を取らんかい!」
ネヴィアは一喝すると、タイミングを見計らいながらスプレー缶状のものをふかし、ガラスづくりの小さな建物へと降りていく。
「そーーれっとぉ!」
「あわわわ! 危ない危ない! ふぅぅぅ……」
何とか無事着陸成功した二人。
そこは地下鉄の出入り口のようにも見えるエレベーターだった。
◇
「おーし、ここじゃぁ!」
ガラスでうす青く見えるエレベーターに乗りこんだ二人。ネヴィアはエレベーターの操作パネルにキーをかざした。
ヴィーッ!
警告音が響き、ドアが閉まる。
エレベーターはスーッと滑らかに地下に降りていくと、ガコン! と急に止まり、今度は横に移動し始めた。
へ?
「秘密の格納庫ってことじゃよ。くふふふ……」
ネヴィアは驚くタケルを見ながら楽しそうに笑った。どうやらとんでもないところに連れていかれるらしい。
タケルは一体何が始まるのか予測のできない展開にキュッと口を結んだ。
ポーン!
格納庫に到着したエレベーターのドアが開くと、そこには薄暗いガランとした空間が広がっていた。
「ほほぅ。瀬崎様は結構お好きと見える。くふふふ……」
ネヴィアは楽しそうに笑うが、タケルには空っぽの格納庫の何が楽しいのか分からず、首を傾げた。
「あれ? シャトルに乗りに来たんじゃないの?」
「ふははは! そうか、お主には見えんか。くふふふ……」
ネヴィアは愉快そうにパンパンとタケルの背中を叩く。
「えっ!? 何かあるの? ここに……?」
タケルは慌てて格納庫の中を目を凝らして見渡したが、そこには薄暗い空間が広がるばかりである。
「心の目で見るんじゃ」
ネヴィアはそう言いながら、キーを何もない空間に掲げた。
ヴゥン……。
突如目の前に現れた機体にタケルの目は釘付けになる。それはジェット戦闘機のように精悍ながら、エレガントな曲線と鋭いエッジが未来からの使者のように融合されている見事な機体だった。
「はぁっ!? な、なんで?」
「コイツの表面はメタサーフェスになっておってな。光学迷彩のように機能するんじゃ」
ネヴィアは虹色の光沢を放つ美しい機体の表面をなでた。それはゆっくりと色合いを変えながら、まるで現代アートのような繊細なマーブル模様を描いていく。
「メ、メタ、サーフェス……?」
タケルは目の前にありながら全然気がつかなかったことに、唖然として首を振った。
「そうじゃよ。これが無いとジグラートへは行けんからな」
「えっ光学迷彩が要るって?」
「そりゃ、バレたら撃墜されるからのう」
ネヴィアは搭乗用のステップを用意しながら、サラッと恐ろしいことを言った。
「ちょ、ちょっと待って!? 誰が攻撃してくるの?」
「今回、女神様の目を盗んでサーバー本体をハックしに行く。つまり、許可なくジグラートへ行くわけじゃ。管理局からしたら身元不明の侵入者。全力で撃ってくるじゃろうな」
ネヴィアはため息をつきながら肩をすくめる。
「そ、そんなの聞いてないよ!」
「じゃあ止めるか? 我が行きたいわけじゃないんじゃぞ?」
ネヴィアはジト目でタケルをにらむ。
「くっ……。止める訳ないじゃん!」
タケルは新年のこもった目でグッとこぶしをにぎる。
「じゃあ乗れ。あまり時間をかけるとクレアちゃんのデータを復元できんかもしれんからな」
「デ、データって、人間を物みたいに……」
まるでゲームキャラのようにクレアを扱うネヴィアに、ムッとしてタケルは言い返す。
「ほう? じゃあ、『魂』ってお主は何だと思っとるんじゃ? ん?」
ネヴィアはちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、タケルの顔をのぞきこむ。
「た、魂? 魂は……、そのぉ……。心、だよ、心!」
「じゃぁ、心は何なんじゃ?」
ネヴィアは搭乗口を開け、ステップをよじ登っていく。
「うっ……? き、喜怒哀楽を生み出し、自分を自分だと感じる脳の……働き?」
「脳は何でできとるんじゃ?」
「神経……細胞?」
「結局、神経細胞に蓄積されたデータってことじゃ。屁理屈こねてないで早く乗れ!」
ネヴィアは呆れた様子でタケルを手招きした。
タケルは口をとがらせながらステップに手をかける。『心』はやはり神秘であって欲しいのだ。かけがえのないクレアをデータだなんて言って欲しくない。しかし、理屈で言えばネヴィアの言う通りであり、ちゃんと言い返せない自分の間抜けさにガックリとしながら、ステップを昇って行った。
「燃料レベル、ヨシ! 航路クリアランス、ヨシ! ナビゲーションシステム起動! 緊急脱出システム、アームド!」
モニター内の各種計器を確認するネヴィアの声が、コックピット内に響く。オレンジ色で統一された船内のインテリアは洗練されており、機能美を追求した計器やスイッチの配置を含めてアートのような調和が見て取れた。シートは革張りソファのように身体を優しく包み込み、フロントガラスは広く、視界は良好で、放射状に走るピラーが宇宙船らしさを感じさせる。
いよいよクレアを救うため、危険な宇宙航海に出発するのだ。その想像もしていなかった事態に緊張し、タケルはシートベルトを締めながら、バクバクと早鐘を打つ心臓を持て余した。
「オールグリーン! エンジン始動!」
ネヴィアはヘッドレストに頭をうずめ、緊張した面持ちでガチリと赤いボタンを押し込んだ。
キュィィィィィ……。
高鳴っていく高周波がコクピット内に響く。どこからともなくオゾンのような刺激臭が漂ってきてタケルは顔をしかめた。
「ゲートオープン!」
前方の大きな扉がガコッと大きな音を立てながらずれ、ゴォォォォと空気が漏れていく盛大な音が響き渡った。
次第に音は失われ、周りが真空になるとゆっくりと扉が開いていく。見えてきたのは満点の星々を縦断する雄大な天の川、そして、壮大な海王星の長大な水平線。いよいよ宇宙に飛び出すことにタケルは思わず息をのんだ。
「さーて、無事に帰ってくるぞ! シュッパーツ!」
ネヴィアがポチっとモニターの【射出】ボタンをタップする。
ギギギッ!
足元から何かがきしむ音がしたと思った瞬間、強烈なGがタケルを襲った。
グォッ!
一気に流れだす景色……。そう、シャトルはカタパルトで射出されたのだった。
「よっしゃー! 行ったるでー! エンジン全開やーっ!」
ネヴィアはノリノリで叫ぶと、スロットルをガチガチガチっと一気にMAXに上げ、操縦桿をグッと倒した。
うひぃぃぃ!
今度は強烈な横Gがタケルを襲う。
シャトルは後部のノズルスカートから鮮やかな青い炎を吹き出しながら、ググっと急旋回していく。
ネヴィアは遠くに見えてきた巨大な車輪状のスペースポートを、モニターで拡大表示させた。直径十キロはあろうかという巨大な車輪の中心部には長大な宇宙船が何艘も停泊し、何やらにぎやかに貨物の積み下ろしを行っている。
「よしよし、あいつじゃな……」
ネヴィアはそのうちの、出発準備の整った大型貨物船に照準を合わせた。
ジグラートへの資材を運ぶこの貨物船は、チタン合金で編み上げられた骨組みが支える無数のコンテナで構成され、長さは三キロメートルに及ぶ。先頭にはクジラの頭を思わせる艦橋、最後部にはこの巨体を力強く推進する、直径数百メートルはあろうかという巨大なノズルスカートがあり、その基部には大型タンクがいくつも並んでいる。
タケルはその常識外れのスケールに圧倒され、思わずため息をついた。
「ヨシ! あの辺にすっか! くっくっく……」
ネヴィアは悪い顔をしながらモニターをパシパシと叩き、笑みを浮かべる。
シャトルは一直線に貨物船に近づくと、静かに減速し、大型タンクの間の隙間にそっとその身を潜ませた。そして、ロープを射出してチタン合金の柱に結びつけ、船体を固定する。
「え? このまま海王星へ降りて……行くの?」
タケルはその奇想天外なやり方に困惑した。
「ここなら見つからんじゃろ。大気圏突入後に抜け出せばええわ。カッカッカッ」
「はぁ……。そんなにうまくいくのかなぁ……」
タケルはタンクの隙間から見える長大な白いコンテナの列を眺めながら、ふぅとため息をついた。
◇
「こんなにたくさんの貨物が必要なの?」
少しずつゆっくりと動き出した貨物船に揺られながら、タケルは首を傾げる。この貨物船以外にも、スペースポートには何艘もコンテナ船が停泊しているのだ。
「そりゃ、ジグラートは一万機あるからのう」
リクライニングシートを倒してくつろぐネヴィアは、無重力空間に浮かべたグミたちを一つずつ器用に食べながら答えた。
「い、一万機!?」
「地球は一万個あるってことじゃな。カッカッカ」
目を丸くして驚くタケルを見ながら、ネヴィアは楽しそうに笑う。
「そ、そんなに……、あるのか」
「六十万年かけて少しずつ増やしてきたんじゃな」
「ろ、六十万年!?」
「そんなに驚くことか? 宇宙の歴史百数十億年を考えたらほんの最近のことじゃろ?」
ネヴィアはこともなげに言いながら、またグミにパクっと食いついた。
「誰が……、こんなことやっているの?」
「ん? お主も会ったことあるじゃろ? 女神様じゃ」
「女神……様……?」
タケルは転生する時に、確かにチェストナットブラウンの髪をした美しい女性に会ったような記憶がある。ただ、それは夢の中のようなおぼろげな記憶であり、いまいち確信が持てないのだ。
「一体女神様は何を考えてこんなことを?」
「知らんがな。本人に聞いたらどうじゃ? ただ、やった人の元にワシらが生まれただけとも言えるな。つまり無数の試行の中で、こういうことをやった人だけ認識されるってことじゃろ。それが宇宙の意志……じゃろうな」
「宇宙の意志……。宇宙に意識があるってわけじゃなくて、確率的な話の集大成の結果、それが選ばれたように見えるってこと……なのか」
「観測者からはそう見えるという話かもな。ただ、女神様も自分の手でこんなものは作らんよ。全部やっとるのはAIじゃ。要はAIをうまく飼いならしたか……それとも……」
ネヴィアはそう言いながら肩をすくめた。
「はぁ……。何とも壮大な話だね。女神様以外の人はどうしてるの?」
「みんなもう何十万年も前に寝てしまったそうじゃ」
「えっ!? では、この世界を創った人類はもう一人しか残っていない?」
「そうじゃな。人類はな、AIを開発するとなぜか少子化になり、長寿に飽き、ひっそりと消えていくんじゃ」
ネヴィアは渋い顔で首を振る。
「そ、そんな……」
「だから新たな地球を創り続ける必要があるってことじゃな」
「はぁ……」
タケルはあまりにスケールの大きな話に圧倒され、大きく息をつく。
六十万年の壮大な試行錯誤の結果、自分が生まれ、紆余曲折を経て今、その本質に向けて宇宙を旅している。それはまるで夢のような現実感のない話であったが、それでもなぜかタケルにはこうなるのが必然であったかのように感じられてしまうのだった。
徐々に近づいてきた海王星は、満天の星の中、澄み通る深い碧の壮大な美しい円弧を描き、タケルの胸にグッと迫る。この風景は一生忘れないだろうと、タケルはしばらく瞬きもせずにじっと見つめていた。
◇
その時、タケルはコンテナの影で何かが動いたように見えた。
「あれ? 何かがいる……? 人……?」
「な~に、言っとるんじゃ……。 こんな宇宙空間に、それも航行中のコンテナに人などおる訳なかろう。ふぁ~あ……」
ネヴィアはリクライニングしたシートに寝っ転がりながらあくびをする。
「いや……、でも人間……っぽいですよ? でも宇宙服も何も着てない……」
「はっはっは! 宇宙服着てなきゃ人間は血液が沸騰して即死じゃよ。物理的にありえんって」
ネヴィアは笑い飛ばし、グミをまた一つつまんだ。
「そうなんですけど……、こっちに来ている……? あっ、青い髪の……女の子?」
それを聞いた途端、ネヴィアは真っ青な顔をしてガバっと起き上がる。
「緊急離脱!! エンジン始動!!!」
切迫した叫びをあげながら、ガチリとエンジンのスイッチを押し込んだ。
「え? どうした……の?」
タケルはその鬼気迫るネヴィアの豹変をポカンとした顔で眺める。
「どうもこうもあるかい! 殺されるっ! なぜあのお方がこんなところにおるんじゃぁぁぁ!」
ネヴィアは冷汗をたらたら流しながら、必死にモニターのボタンをタップしていった。
「出航チェック全無視! 緊急出航!」
固定していたロープを強引に切断し、貨物船から離れるとネヴィアはすぐにエンジンを全開で噴かす。
ズン!
衝撃音がして激しいGがタケルを襲った。
うぉぉぉ!
シャトルはビリビリと船体を震わせながらあっという間にマッハを超えていく。
「くぅぅぅ……。追いかけてきませんように……」
ネヴィアはガタガタと震えながらギュッと目をつぶり、祈った。
「こんなに速度出てたらあの娘も追って来れないんじゃない?」
遠目には人懐っこそうな可愛い少女にしか見えない彼女を、なぜここまで恐れるのかタケルには良く分からなかった。
「バッカモーン! あのお方は星間の狂風シアン様じゃ。宇宙最強の大天使なんじゃぞ! 速度とかあの方の前には何の意味もないんじゃ……」
「宇宙……最強……?」
タケルが首を傾げた時だった。
ビターン!
船体に衝撃が走り、フロントガラスに何かが張り付いた。
ひぃぃぃぃ!
ネヴィアが凄い声で叫ぶ。見上げればそこには太ももの美しいラインが宇宙空間の中に浮かび上がっている。
『ガガッガー!!』
いきなり無線からノイズが走った。
『みぃつけた……、くふふふ……』
スピーカーから流れてきた若い女の子の声。そして、コクピットからの光で浮かび上がる、まるで獲物を見つけたかのような笑みを浮かべる美しい顔……。
タケルはその信じがたい大天使の襲来に言葉を失い、ただ静かに首を振った。
「おぉっといけない!」
ネヴィアは操縦桿を一気に倒して一直線に海王星へと落ちていく。
ぐぁぁぁ!
いきなり襲われる強烈な横Gにタケルは必死にひじ掛けにしがみついた。
『そんなことしたって無駄だよー。くふふふ……』
あれほど強烈な横Gを食らってもシアンは平然とフロントガラスにしがみついている。
『何を企んでいるのかなぁ……?』
碧い目をキラリと光らせながらシアンはネヴィアをにらみつけた。
コォォォォォ……。
今まで無音だった宇宙空間だったが、徐々に何かの音が響いてくる。
『およ?』
シアンはキョロキョロと辺りを見回した。そして、海王星がもう目前にまで迫っているのを見るとギリッと奥歯を鳴らし、ネヴィアをにらんだ。
『お前、大気圏突入で僕を焼く気だね? ふーん、どうなるかやってみようか?』
ネヴィアは目をギュッとつぶり、ガタガタと震えるばかりだった。
やがて風きり音が激しく船内にも響き始め、フロントガラスもほのかに赤く輝き始める。
その中でシアンはまるでサウナで暑さに耐えるように、歯を食いしばりながら超高圧と灼熱に耐えていた。
そもそも宇宙空間で生身になっていること自体意味不明なのに、大気圏突入にまでつきあっているこの少女にタケルは絶句してしまう。
くぅぅぅ……、ぐあぁぁぁぁ!
断末魔の叫びがスピーカーから流れた直後、シアンが閃光を放ち、激しい炎を伴いながら燃え上がる。目の前で燃え上がる少女の凄惨なさまにタケルは思わず目を覆った。
さすがの大天使も生身の大気圏突入は厳しかったようである。
しばらく激しい轟音が響いていたが、徐々に落下速度が落ちてきて風きり音も落ち着いてくる。
タケルが目を開けると、目の前には黒焦げになった『人であったモノ』がべったりとフロントガラスに張り付いており、そのホラーな情景に叫び声をあげた。
ひぃぃぃ!
「くぅぅぅ……。やってまった……」
ネヴィアは頭を抱えて突っ伏している。大天使を殺してしまった場合、一体どんな罪になるのか分からないが、ネヴィアの様子を見るに相当にまずい様子だった。
「ど、どうするのこれ……?」
恐る恐るタケルは聞いた。
「どうもこうも……」
「バレ……ないの?」
「バレる……じゃろうな……」
「もうバレてたりして。くふふふ……」
いきなり後部座席から声がして、二人はあわてて振り向いた。そこには青いショートカットの可憐な少女が、シルバーの近未来的なボディスーツを身にまとって笑っている。それは焼かれたはずのシアンだった。
「い、いつの間に!?」
目を白黒させているネヴィアの首を後ろから両腕でキュッと締め上げ、チョークスリーパーに持っていくシアン。
「熱いじゃない! 何してくれんのよ!!」
「ぐほぉ! ギブ! ギブ!!」
ネヴィアは白目をむいてシアンの腕をタップした。
「航空法違反、公安法違反、殺天使犯で三倍満だ! お縄につけぃ!」
シアンはプリプリしながらネヴィアの首を絞めあげる。
キュゥゥゥ……。
ネヴィアはたまらず気絶してしまった。
「あぁっ! ネヴィアぁぁ! 死んじゃいます、緩めてください!」
タケルは慌ててシアンの手を引っ張り、懇願する。クレアを生き返らせに行くのに、ネヴィアが死んでしまってはやりきれない。複雑な事情は分からないが、この場で死刑はさすがに理不尽すぎる。
「およ? 死んじゃった……?」
シアンは慌てて技を外すと、白目をむいてるネヴィアの頬をペチペチと叩いて首を傾げた。
◇
シャトルをホバリング状態にさせ、二人を座席に正座させたシアンは、どこから出したのか赤と黄色のピコピコハンマーを片手にニヤッと笑った。
「お待ちかね! 尋問ターイム!!」
何がそんなに楽しいのか、上機嫌なシアンはハンマーで座席をピコピコ叩きながら叫ぶ。
タケルとネヴィアは渋い顔をしてお互いを見合う。
星間の狂風という二つ名を持つ、宇宙最強の大天使がなぜここまで子供っぽいのか理解できずにタケルは首をかしげた。
「さて、容疑者ネヴィアよ。お前はこのシャトルで何を企てていたんだ? 洗いざらい吐け!」
シアンはピコッとハンマーでネヴィアの銀髪頭を叩く。
「あ、いや、こ奴にジグラートを見学させようと……」
「ダウト!」
シアンは目にも止まらぬ速さで、ピコピコハンマーをネヴィアの脳天に叩きつけた。
ピコッ!
「重罪を犯して見学なんてする訳ないでしょ? 馬鹿にしてんの?」
シアンは目を三角にしてプリプリと怒る。
「あっ、こ、こ奴がどうしても見たいと……」
ネヴィアが何とかごまかそうと必死になった時だった。
「あぁ?」
シアンはドスの効いた声を上げると、ピコピコハンマーの柄をパキッと割り、中から青く輝くナイフを取り出した。
「言わないなら、この頭カチ割って脳髄から直接データ……取るわよ?」
シアンは嗜虐的な笑みを浮かべながらガシッとネヴィアの首根っこをつかむと、青く鋭く光る刀身をペロリと舐める。
ひ、ひぃぃぃ!
その不気味に光るナイフにネヴィアはすくみあがる。この人はやると言ったら、本当にやってしまう厄介な人だったのだ。
「ま、待ってください! これは僕のためにやってくれたことなんです。彼女は悪くありません!」
タケルは耐えられずに声をあげた。