「何食べたい?」
タケルは優しい笑顔でクレアの顔をうかがう。
「タケルさんの食べたいものがいいわ!」
パァッと明るい笑顔で笑うクレア。
「じゃあ、行きつけのところにしよう。ちょっと汚いんだけど、味は折り紙付きさ」
クレアは嬉しそうにうなずいた。
談笑しながら行きつけのレストランにやってきた二人。細い裏通りにある年季の入った石造りの建物にはかすれた文字の汚い看板が傾いたままになっている。
「男爵! ここはマズいですよ……」
SPが飛んできて、入ろうとする二人を諫めた。
「え? だってもう他の店やってないし……」
「いやしかし、貴族様が入っていいようなところではございません」
タケルはウンザリして首を振る。
「今までずっと使ってきて問題なかったんだ。隅っこの席で目立たないようにするから頼むよ」
そう言いながらタケルは強引にギギーっと軋むドアを押し開け入っていく。行きつけの店に行けなくなるなんてとんでもない。貴族のマナーなんてクソくらえである。
SPたちは顔を見合い、ため息をついて首を振った。
◇
タケルは日替わりのシチューとパンを注文し、リンゴ酒でクレアと乾杯した。
「カンパーイ!」「お疲れ様!」
「ふぅーー、生き返るね」
タケルは恍惚とした表情でシュワシュワとした芳醇なリンゴの香りを堪能する。
「今日のタケルさん、カッコ良かったですよ。もうすっかり貴族って感じでした。ふふふっ」
「ちょっともう、からかうの止めてよ。場違い感半端ないんだから」
タケルは少し頬を赤く染めてグッとリンゴ酒を傾けた。
「はい! お待ち―!」
店のおばちゃんがシチューを持ってやってくる。
「おぉ、来た来た! 美味そう!」
お腹が空いていたタケルは、そのトロリとうまみの凝縮された食のアートにうっとりする。
「タケルちゃん、今日はおめかししてどうしたんだい?」
おばちゃんは上機嫌に聞いた。
「タケルさん、なんと今日から男爵なんですよ!」
クレアはニコニコしながら言った。
「へっ……。き、貴族様……かい……?」
途端に青い顔になっておばちゃんは後ずさる。男爵には斬り捨て御免の特権がある訳ではないが、裁判になればどんな無理筋の難癖でも貴族側が勝ってしまうので、後ろ盾のない市民にとっては厄介な敵なのだ。
「あっ、大丈夫です。おばちゃんを困らせることなんてしませんから」
慌ててフォローするタケル。
「そ、そうかい……、でももう来ないでおくれよ。こんなところにお貴族様がいらっしゃってたら他のお客さん来なくなっちまうよ!」
おばちゃんはそう言うと慌てて逃げていった。
あ……。
タケルはおばちゃんへ力なく手を伸ばし……、ガックリとうなだれた。
先日まで自分も貴族を毛嫌いしていたので、おばちゃんの言いたいことは良く分かる。分かるだけに何も言えなくなって重いため息をついた。
「ご、ごめんなさい、私……」
クレアは余計なことを言ってしまったと、申し訳なさそうな顔をしながらうつむく。
「いいよ、本当のことなんだし……」
タケルは首を振ると切り替え、これで最後となってしまったシチューにパンをつけ、目をつぶってほおばる。口に入れた瞬間に広がる芳醇な風味、じっくり煮込まれた野菜と肉の旨みが溶け合って、心まで温まっていく……。
「ごめんなさい、私、タケルさんの足を引っ張ってばかりだわ……」
クレアは涙をポロリとこぼす。
「何を言うんだ。助かってるよ。今日だってクレアがいてくれなかったら来客の管理とかもできなかったし」
「……。本当……?」
「そうさ。実は……一番大切なことをやってもらいたいと思ってるんだ」
「大切なこと……って?」
クレアは涙を指で拭いながらタケルを見上げた。
「スマホはどうやって通話できるか分かる?」
タケルはスマホを取り出してクレアに見せた。
「え? 魔法で相手のスマホに声を送る……んじゃないんですか?」
タケルはニコッと笑って首を振る。
「それが、違うんだな。実は間に【サーバー】というのが必要で、こいつが無いと何もできないんだ」
「サーバー……?」
キョトンとするクレア。
「テトリスの大会で使ってたような三メートルくらいの巨大なプレートだよ」
「あ、あの大画面……、ですか?」
「そう。あいつは多くの魔石を装着できる巨大な魔道具なんで、サーバーとしては最適なんだ。で、これはいわばOrangeの事業の心臓部になる。だからサーバーが必要な事もどこにあるかもすべて秘密にしなきゃならない」
「秘密にするんですか?」
「Orangeは敵陣営からしたら目の敵だからね。知られたらサーバーを壊しにやってきちゃうんだ」
「な、なるほど……」
「で、このサーバーの安全な保管場所と、定期的な魔石の補充をクレアにお願いしたい」
「わ、私ですか!?」
クレアはそんな重大な仕事をまだ子供の自分に任せようというタケルの目論見が読めず、目を丸くして固まった。
「そう。こんな大切な事、クレアにしか頼めないんだ」
タケルはクレアの手を取り、じっとその碧いうるんだ瞳を見つめた。
タケルは優しい笑顔でクレアの顔をうかがう。
「タケルさんの食べたいものがいいわ!」
パァッと明るい笑顔で笑うクレア。
「じゃあ、行きつけのところにしよう。ちょっと汚いんだけど、味は折り紙付きさ」
クレアは嬉しそうにうなずいた。
談笑しながら行きつけのレストランにやってきた二人。細い裏通りにある年季の入った石造りの建物にはかすれた文字の汚い看板が傾いたままになっている。
「男爵! ここはマズいですよ……」
SPが飛んできて、入ろうとする二人を諫めた。
「え? だってもう他の店やってないし……」
「いやしかし、貴族様が入っていいようなところではございません」
タケルはウンザリして首を振る。
「今までずっと使ってきて問題なかったんだ。隅っこの席で目立たないようにするから頼むよ」
そう言いながらタケルは強引にギギーっと軋むドアを押し開け入っていく。行きつけの店に行けなくなるなんてとんでもない。貴族のマナーなんてクソくらえである。
SPたちは顔を見合い、ため息をついて首を振った。
◇
タケルは日替わりのシチューとパンを注文し、リンゴ酒でクレアと乾杯した。
「カンパーイ!」「お疲れ様!」
「ふぅーー、生き返るね」
タケルは恍惚とした表情でシュワシュワとした芳醇なリンゴの香りを堪能する。
「今日のタケルさん、カッコ良かったですよ。もうすっかり貴族って感じでした。ふふふっ」
「ちょっともう、からかうの止めてよ。場違い感半端ないんだから」
タケルは少し頬を赤く染めてグッとリンゴ酒を傾けた。
「はい! お待ち―!」
店のおばちゃんがシチューを持ってやってくる。
「おぉ、来た来た! 美味そう!」
お腹が空いていたタケルは、そのトロリとうまみの凝縮された食のアートにうっとりする。
「タケルちゃん、今日はおめかししてどうしたんだい?」
おばちゃんは上機嫌に聞いた。
「タケルさん、なんと今日から男爵なんですよ!」
クレアはニコニコしながら言った。
「へっ……。き、貴族様……かい……?」
途端に青い顔になっておばちゃんは後ずさる。男爵には斬り捨て御免の特権がある訳ではないが、裁判になればどんな無理筋の難癖でも貴族側が勝ってしまうので、後ろ盾のない市民にとっては厄介な敵なのだ。
「あっ、大丈夫です。おばちゃんを困らせることなんてしませんから」
慌ててフォローするタケル。
「そ、そうかい……、でももう来ないでおくれよ。こんなところにお貴族様がいらっしゃってたら他のお客さん来なくなっちまうよ!」
おばちゃんはそう言うと慌てて逃げていった。
あ……。
タケルはおばちゃんへ力なく手を伸ばし……、ガックリとうなだれた。
先日まで自分も貴族を毛嫌いしていたので、おばちゃんの言いたいことは良く分かる。分かるだけに何も言えなくなって重いため息をついた。
「ご、ごめんなさい、私……」
クレアは余計なことを言ってしまったと、申し訳なさそうな顔をしながらうつむく。
「いいよ、本当のことなんだし……」
タケルは首を振ると切り替え、これで最後となってしまったシチューにパンをつけ、目をつぶってほおばる。口に入れた瞬間に広がる芳醇な風味、じっくり煮込まれた野菜と肉の旨みが溶け合って、心まで温まっていく……。
「ごめんなさい、私、タケルさんの足を引っ張ってばかりだわ……」
クレアは涙をポロリとこぼす。
「何を言うんだ。助かってるよ。今日だってクレアがいてくれなかったら来客の管理とかもできなかったし」
「……。本当……?」
「そうさ。実は……一番大切なことをやってもらいたいと思ってるんだ」
「大切なこと……って?」
クレアは涙を指で拭いながらタケルを見上げた。
「スマホはどうやって通話できるか分かる?」
タケルはスマホを取り出してクレアに見せた。
「え? 魔法で相手のスマホに声を送る……んじゃないんですか?」
タケルはニコッと笑って首を振る。
「それが、違うんだな。実は間に【サーバー】というのが必要で、こいつが無いと何もできないんだ」
「サーバー……?」
キョトンとするクレア。
「テトリスの大会で使ってたような三メートルくらいの巨大なプレートだよ」
「あ、あの大画面……、ですか?」
「そう。あいつは多くの魔石を装着できる巨大な魔道具なんで、サーバーとしては最適なんだ。で、これはいわばOrangeの事業の心臓部になる。だからサーバーが必要な事もどこにあるかもすべて秘密にしなきゃならない」
「秘密にするんですか?」
「Orangeは敵陣営からしたら目の敵だからね。知られたらサーバーを壊しにやってきちゃうんだ」
「な、なるほど……」
「で、このサーバーの安全な保管場所と、定期的な魔石の補充をクレアにお願いしたい」
「わ、私ですか!?」
クレアはそんな重大な仕事をまだ子供の自分に任せようというタケルの目論見が読めず、目を丸くして固まった。
「そう。こんな大切な事、クレアにしか頼めないんだ」
タケルはクレアの手を取り、じっとその碧いうるんだ瞳を見つめた。