王宮の内部に一歩足を踏み入れた瞬間、タケルは目の前に広がる壮麗な光景に心奪われた。優雅な曲線を描く階段が二階へと伸び、その手すりには黄金がふんだんに使われ、煌びやかな輝きを放っている。壁沿いに魔法のランプが整然と並び、壮麗な彫刻と絵画が浮かび上がって、この場所の長い歴史と栄光を語りかけてくるようだった。
「いよいよ式典だけれども、キミの場合は敵方が狙っているからちょっと変則的にいくよ」
マーカスはそう言うと辺りをキョロキョロと見回し、タケルの手を引いて細い通路へと入っていった。
「狙っているってどういうことですか?」
「敵の陣営がキミを取り込もうとしてくるだろう。そして、言うことを聞かないのであれば平民のうちに殺しておこうってことさ」
足早に細い通路を進みながらマーカスは不穏なことを口にする。
「こ、殺す!? まさか……」
「何言ってるんだ、ここは伏魔殿。平民など『無礼を働いた』という一言で簡単に殺せる世界だぞ? 式典までは敵方に絶対に見つからないように」
マーカスはタケルの平和ボケっぷりに呆れたような顔で諭した。
しばらく通路を進んで、マーカスは周りの様子を見ながら小さな作業室に入っていく。静かにドアを閉め、ガチャリと鍵をかけたマーカスはふぅと大きく息をついた。
「これでいいだろう。式典まではここで隠れていよう。とりあえず、お茶でも入れるか……」
「あ、僕がやります」
「いいのいいの、今日はキミが主役なんだから座ってて! 我が陣営のホープなんだからさ」
マーカスは上機嫌にテーブル席にタケルを座らせると戸棚を漁り始めた。どうやらこの部屋はスタッフたちの休憩室らしい。
と、その時、コンコンとドアがノックされ、緊張が走った――――。
え……?
マーカスは眉をひそめ、タケルと顔を見合わせる。誰かが来ることは想定外のようだった。
そっとドアまで行くと静かにドアを開けるマーカス。
「男爵様、ジェラルド殿下がお呼びです。緊急事態だそうです」
侍女らしき若い女がひそひそ声でマーカスに告げた。
「え? うーん……、分かった」
マーカスはタケルの方をチラッと見ながら返事をする。
「タケルさん、ちょっと出てくるけど、ドアにカギかけて戻ってくるまで絶対開けないでくださいね」
「わ、分かりました……」
マーカスは心配そうに何度かうなずくと、足早に出ていった。
タケルはきな臭さすら感じるこの緊迫した雰囲気に、顔をしかめながら鍵を閉めた。
単に男爵位を国王陛下から下賜してもらうだけの話だと思っていたら、命を狙われて身をひそめている。一体なぜこんなことになっているのか混乱し、タケルは重いため息をついた。
気分転換でもしようとお茶を入れ、一口すすった時だった――――。
ガチャ!
いきなりドアのカギが開けられ、男が入ってきた。
えっ……?
ドカドカと入ってきた筋肉質のでかい身体をした男は、純白のジャケットに金の鎖を揺らしながら堂々たる態度でタケルに迫ると、不機嫌そうに向かいの席にドカッと座る。それはアントニオ・ヴェンドリック、第一王子だった。
いきなり敵陣営のトップが入ってきたことにタケルは凍り付いた。マーカスを誘い出したのもアントニオ側の工作だったに違いない。
「おい、お前、我が陣営につけ!」
アントニオはテーブルに置いてあった小さなリンゴを一つつかむと、背もたれにもたれかかり、有無を言わせぬオーラを発しながら命令した。
王族はなぜこうも強引なのだろうか? タケルはいきなり訪れた究極のピンチに真っ青になり、必死に言葉を探した。ここで断れば斬り捨て御免で終わりだ。自分の身分はまだ平民、今なら殺しても何の問題にもならない。背筋を走る悪寒にタケルはブルっと身震いをした。
「返事は?」
アントニオは筋肉質の太い腕を見せつけるようにリンゴをかじり、ギロリとブラウンの瞳でタケルを射抜いた。
「恐れながらおっしゃっている意味が良く……分からないのですが……」
まずはとぼけてみるタケル。だがしかし、そんな茶番は全く通用しない。
アントニオは無言でタケルの方に腕を伸ばし、真紅のブレスレットを光らせた。
刹那、激しい閃光が手のひらから放たれ、ファイヤーボールがタケルの頭をかすめて後ろの壁で炸裂する。
ぐはぁ!
激しい衝撃をまともに受けたタケルは椅子から落ちて転がった。
壁には焦げた穴が広がり、ブスブスと煙が沸き上がる。
くぅぅぅぅ……。
タケルはよろよろと身体を起こす。
「Yesか死か、好きな方を選べ」
アントニオは表情一つ変えることなく、タケルを見下ろすとまたリンゴをかじる。シャクシャクという咀嚼音が静かに部屋に響き、タケルは絶望に塗りつぶされていった。
「いよいよ式典だけれども、キミの場合は敵方が狙っているからちょっと変則的にいくよ」
マーカスはそう言うと辺りをキョロキョロと見回し、タケルの手を引いて細い通路へと入っていった。
「狙っているってどういうことですか?」
「敵の陣営がキミを取り込もうとしてくるだろう。そして、言うことを聞かないのであれば平民のうちに殺しておこうってことさ」
足早に細い通路を進みながらマーカスは不穏なことを口にする。
「こ、殺す!? まさか……」
「何言ってるんだ、ここは伏魔殿。平民など『無礼を働いた』という一言で簡単に殺せる世界だぞ? 式典までは敵方に絶対に見つからないように」
マーカスはタケルの平和ボケっぷりに呆れたような顔で諭した。
しばらく通路を進んで、マーカスは周りの様子を見ながら小さな作業室に入っていく。静かにドアを閉め、ガチャリと鍵をかけたマーカスはふぅと大きく息をついた。
「これでいいだろう。式典まではここで隠れていよう。とりあえず、お茶でも入れるか……」
「あ、僕がやります」
「いいのいいの、今日はキミが主役なんだから座ってて! 我が陣営のホープなんだからさ」
マーカスは上機嫌にテーブル席にタケルを座らせると戸棚を漁り始めた。どうやらこの部屋はスタッフたちの休憩室らしい。
と、その時、コンコンとドアがノックされ、緊張が走った――――。
え……?
マーカスは眉をひそめ、タケルと顔を見合わせる。誰かが来ることは想定外のようだった。
そっとドアまで行くと静かにドアを開けるマーカス。
「男爵様、ジェラルド殿下がお呼びです。緊急事態だそうです」
侍女らしき若い女がひそひそ声でマーカスに告げた。
「え? うーん……、分かった」
マーカスはタケルの方をチラッと見ながら返事をする。
「タケルさん、ちょっと出てくるけど、ドアにカギかけて戻ってくるまで絶対開けないでくださいね」
「わ、分かりました……」
マーカスは心配そうに何度かうなずくと、足早に出ていった。
タケルはきな臭さすら感じるこの緊迫した雰囲気に、顔をしかめながら鍵を閉めた。
単に男爵位を国王陛下から下賜してもらうだけの話だと思っていたら、命を狙われて身をひそめている。一体なぜこんなことになっているのか混乱し、タケルは重いため息をついた。
気分転換でもしようとお茶を入れ、一口すすった時だった――――。
ガチャ!
いきなりドアのカギが開けられ、男が入ってきた。
えっ……?
ドカドカと入ってきた筋肉質のでかい身体をした男は、純白のジャケットに金の鎖を揺らしながら堂々たる態度でタケルに迫ると、不機嫌そうに向かいの席にドカッと座る。それはアントニオ・ヴェンドリック、第一王子だった。
いきなり敵陣営のトップが入ってきたことにタケルは凍り付いた。マーカスを誘い出したのもアントニオ側の工作だったに違いない。
「おい、お前、我が陣営につけ!」
アントニオはテーブルに置いてあった小さなリンゴを一つつかむと、背もたれにもたれかかり、有無を言わせぬオーラを発しながら命令した。
王族はなぜこうも強引なのだろうか? タケルはいきなり訪れた究極のピンチに真っ青になり、必死に言葉を探した。ここで断れば斬り捨て御免で終わりだ。自分の身分はまだ平民、今なら殺しても何の問題にもならない。背筋を走る悪寒にタケルはブルっと身震いをした。
「返事は?」
アントニオは筋肉質の太い腕を見せつけるようにリンゴをかじり、ギロリとブラウンの瞳でタケルを射抜いた。
「恐れながらおっしゃっている意味が良く……分からないのですが……」
まずはとぼけてみるタケル。だがしかし、そんな茶番は全く通用しない。
アントニオは無言でタケルの方に腕を伸ばし、真紅のブレスレットを光らせた。
刹那、激しい閃光が手のひらから放たれ、ファイヤーボールがタケルの頭をかすめて後ろの壁で炸裂する。
ぐはぁ!
激しい衝撃をまともに受けたタケルは椅子から落ちて転がった。
壁には焦げた穴が広がり、ブスブスと煙が沸き上がる。
くぅぅぅぅ……。
タケルはよろよろと身体を起こす。
「Yesか死か、好きな方を選べ」
アントニオは表情一つ変えることなく、タケルを見下ろすとまたリンゴをかじる。シャクシャクという咀嚼音が静かに部屋に響き、タケルは絶望に塗りつぶされていった。