08

しかし風でころころと転がってしまったらしい石は、彼女の定めた位置から離れてしまっていたらしい。少女は慌てて紙を手で押さえると、マサキの差し出した紙を受け取った。

「ど、どうも」

「いやいや。それよりもこれ、顔に向かって来たからつい握りしめてしまって。しわが付いてしまったんだが……大丈夫だろうか?」

「あ、はい。どうせ、いらないものですし……」

「そんな綺麗な絵をいらないものとは!」

「……誰にも見られないなら、いらないものですよ」

少女はそういうと、静かに俯いてしまった。マサキは彼女のつむじを見つめる。

「何と勿体ない。全て誰かに見せればいいのに」

「……絵画っていうのはそういうものなんです。完成されたものにしか興味がない。大人たちは、特に……」

「そうだろうか。僕はその絵を見てとても感動したんだがなぁ」

「え」

「思わず見惚れてしまったくらいだよ!」

そういうマサキに、少女は目を見開く。その反応にマサキはにやりと笑みを浮かべた。

「そう、思いますか?」

「ああ! 君の絵は素晴らしい! この絵なんて、花たちが楽しそうにしているのが伝わってくるくらいだ!」

「……」

「今書いている少女……いや、少年か? どっちかはわからないが、僕には関係ないね。美しいことに変わりはない。そうだろう?」

「……そう、ですね」

「しかし私が選ぶんなら、これがいいな。桜と彼岸花という、時期的には相反する二つが共存する世界……いいじゃないか! どちらも死体を埋めるとか食らうとか言われているしな!」

マサキは、自身の感想が次々と湧き上がってくるのを感じる。誰かの絵を見てこんな気持ちになったのは、初めてだった。

少女はそんなマサキの様子を見て、次第に俯き、小刻みに肩を震わせる。筆を持っていた手が彼女の顔に近づけられるのを見て、マサキは口を止める。

「す、すまん! いろいろと言い過ぎたか……」

「ふふふっ……いえっ、そういうわけじゃなくって」

「え?」

「そんな褒められ方したの、初めて」

そう言って少女はクスクスと小さく笑みを零した。笑って浮かんでくる涙を拭い、小刻みに体を揺らしている。

泣かせるよりは幾ばくかましだが、だからと言ってここまで笑われるのは想定していなかった。マサキはぽかんと口を開け、彼女を見つめる。……どうしたらいいのか、わからないのが正直なところだった。