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(……どうしよう)

出来れば彼等に持っていってくれるよう頼みたいのだが……僕の声なんかが彼等に届くのだろうか。

「大丈夫。安心して声を掛けてみなさい」

「あ、ああ」

ちゅう秋の言葉に、僕は静かに深呼吸をする。ゆっくりと瞑った目を開いて、封筒を差し出す。

「……す、すまないが、これを君たちの主に届けてくれないかい?」

「ちう!」

「!?」

聞いたこともない鳴き声が聞こえ、慌てて視線を掛け巡らせる。

──誰もいない。ならば、この声は。

そう考えたと同時に手に感じる温かい温度。手元に視線を向ければ──艶やかな紺色の体をした、一羽の九官鳥が封筒を鮮やかな橙色の嘴に咥えていた。その後ろでは真っ白な鳥の形をした、光りが一羽分佇んでいる。

「……あ」

声がこぼれる。途端、飛び立ってしまう彼らに、僕は名残惜しさから視線で追いかけてしまう。

「今、君にも見えただろう?」

「……ああ。艶やかな毛並みだったよ。もう一羽は真っ白であまり分からなかったけれど」

「彼は生前体が弱かったこともあって、力が弱いんだろう。……姿を見せてくれたのは、彼等なりのお礼なんじゃないか?」

「お礼?」

「手紙と、一緒に過ごしてくれた君への」

その言葉に、僕は寂しさを感じていた心が歓喜でいっぱいになっていくのを感じる。

背中をくすぐるこそばゆさに手を握れば、僅かに感じる重み。目を向ければ、そこには可愛らしい桃色の花びらが二枚、番のようにして僕の手に落ちていた。

「おや、可愛らしいプレゼントだな」

「ああ。ちょうど栞が欲しいと思っていたからよかったよ」

僕は全身を揺らして笑う。

──人生に転がる小さな幸せこそ、本当の幸せ。

……そう言ったのは誰だっただろうか。そんなことを考えながら、自分の本の表紙を開く。

真っ白い一ページ目。人を世界に引き込むための最初の一歩で、現世から本の世界へと案内するための、空白の一ページ。

僕はその真っ白な世界に二枚の花弁をそっと乗せた。

数日前に送られてきた絵のように。

僕と妻のように。

マサキくんとネザサのように。

「……彼女に、早く手紙を送ってやらないとな」

「ああ。帰り道にでも出すといい」

「そうするよ」

僕はちゅう秋の言葉に頷いて、本の表紙を閉じた。──彼らの物語はきっとこれから始まるのだろう。悲劇か。それとも喜劇だろうか。どちらでもきっと構わない。

願わくばその物語を、支えられる存在で在りたいと望むのは、僕の……大人の、エゴだろうか。