07

(すげぇ……)

「ちう!」

「っ!」

マサキはちうのひと鳴きにはっとすると、目の前に差し迫って来た真っ白な壁にぎょっとする。反射的に手を伸ばし壁を取り払うと、手元でぐしゃりと嫌な音を立てた。

「げっ」

マサキはその手の感触に、心底嫌そうな顔をする。彼の手に握られたのは、所々墨に濡れた一枚の紙だった。……手に感じる湿り気から考えて、描いてから多少時間は経過している様子なのはマサキにとって不幸中の幸いであった。これで手の内が墨だらけになっていたら、どうしようかと思っていたくらいだ。

「ちゃっちゃるん!」

「ちう、教えてくれてありがとうな。って、お前までなに持ってきてんだよ!?」

「ちうー!」

「ああもう!」

上機嫌なちうに、マサキは頭をぐしゃぐしゃと掻き上げた。手元の紙とちうの咥えている紙を見れば、それが何かなんていうのは聡いマサキには察しがつく。紙を広げたマサキは、自分の予想が当たっていたことに大きくため息を吐いた。

(こりゃあ……絵だ)

真っ赤な、朱色で書かれた花の数々。その花が目の前で咲き誇る桜を描いているのだと、マサキは気が付く。空を埋め尽くす、儚い桜。しかし桜というには、その色は濃すぎるように思えた。

(彼女の目には、本当にこういう風に映っているのか?)

そうだとしたら、彼女の目は特別製なのだろう。他人には見えない景色が見えるのは、マサキも同じことだった。

マサキは紙のしわを伸ばすと、彼女の背後へと回る。よくよく見れば、彼女の傍らにはたくさんの描きかけの絵が無造作に放置されていた。マサキの手には桜と水面、ちうの咥えた紙には桜と簪。そして、地面に置かれていたのは桜と笑みを浮かべる――少年か少女か。

そのどれもが、きっと彼女が描き、没にしたものなのだろう。マサキが手にしたのも、きっと。

「……こんなに綺麗なのにな」

「っ!」

「おおっと、すまない。驚かせるつもりはなかっ……」

マサキの呟きが聞こえたのだろう。ビクリと肩を震わせ、振り返った女性に慌ててマサキは声を上げ、彼女の風貌に目を瞠った。

(女の子!?)

てっきり老婆かと思っていた。マサキは予想外の出来事に一瞬狼狽したものの、彼の隠し持つ冷静さで気持ちを取り戻すと、ちうの咥えていたものと一緒に持っていた絵を差し出した。

「これ、飛んできたんだ」

「ぁ……」

彼女はハッとすると自分の傍らを見る。重りに石でも置いていたのだろう。