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「ああ、そうだな!」

妻の言葉に、僕は大きく頷く。

大変な旅行の日々。慰安旅行だったはずが、なぜか疲れて帰ってくることになっていたことに、妻への多少の罪悪感はあったが、それも今日で浮かばれるというもの。

「それじゃあ、僕も頑張るとしようか!」

「はい。応援しています」

僕は握りこぶしを作り、高らかに声を上げる。妻の優しい声に笑みを返し、僕は絵画を両手に自分の部屋へと向かった。――嗚呼、早く完成したところが見てみたい。

自分の作品にそんな思いを抱くのは、いつぶりだろうか。昂る気持ちを抑えることなく、僕は筆を取った。



そんな思いを抱え、部屋に引きこもり筆を動かし続けること、数か月。

作り上げた一冊の本は表紙の効果もあってか、それはもう評判のいいものになっていた。

本は人の口を伝い、徐々に広まりを見せ、飛ぶように、とまではいかないものの、思った以上に売り上げの好感触を叩き出している。その数字を見る度に僕は歓喜に身を震わせ、嘘では無いのか、間違いでは無いのかと出版社へ何度も問い合わせそうになっている。体を駆け回る喜びはそれだけでは収まらず、僕は親友であるちゅう秋に毎日のように報告しに来るくらいには、舞い上がっていた。

「見てくれこの数字! 今までとはまるで桁が違うぞ!」

「おお、よかったじゃないか」

「ああ! それもこれも、彼女の描いた表紙のお陰だよ」

「せめて君自身の自慢をするところじゃないのか、そこは」

ちゅう秋の言葉に、僕は目を瞬かせ――苦く笑う。……確かに、自分の成果である中身を自慢すればよいのだろうが、それができない理由があるのだ。

僕は浮かせていた腰をゆっくりと下ろすと、出された茶を一口飲む。色の濃い茶が、喉を通っていく。しっかりとした茶葉の味が舌を転がり、鼻先から香りが抜けていく。

(やっぱり、ちゅう秋の奥さんの入れる茶は美味いな)

飲めば飲むほど安心する味に、僕は静かに息を吐くと自分の手元を見た。……自身の作り上げた作品。自分の子供と言っても過言では無いほど思い入れのあるそれは、僕の想いと夢を背負っている。……だからこそ、今の現状を素直に喜べないでいる。

「僕の本が売れているのは、ネザサの絵のおかげだろうからね。この前も金賞を取ったと文が来たよ」

「またか? すごいな。もう何度目になる?」

「三度目だよ。僕もびっくりしたさ」

ちゅう秋の言葉に、僕は苦笑いを浮かべつつ答える。

……今の本の販売数は、確実にネザサの絵によって惹き込まれた人間の数に比例するのだろう。