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しっかりと話したことは一度もない。しかし、ネザサが預けられているという人間の体調不良は、ずっと気にかかっていたのだ。回復に向かっているかは微妙なところだが、クラブ活動が再開できたのであれば、心の方は問題ないだろう。

(もしかしたら、幼いネザサと一緒に過ごしていくうちに、責任感が働いたのかもしれないな)

友人の死にまで心を病んでしまうほど優しい人なのだから、彼女の存在に心を救われることがあってもおかしくはない。そう考えればきっと大きな問題は起きないだろう。それも含めての安堵だった。

僕は小さく息を吐いて、二枚目を捲る。そこには、マサキくんについての事が書かれていた。

『マサキは式神のちうと一緒に武者修行に出ると言っていました』

「マサキくん、修行に出たのか……!」

僕は驚きに声を上げた。

自分を天才と呼称し、あんなに自信満々に力を使っていたのだから、修行なんて自分を鍛えるようなことなどするとは思ってもいなかった。

(何か思うところがあったのかな……)

――まさか、『華絵 彼岸花』の本当の事に気づいていたわけでもあるまいし。

僕は何となく嫌な予感がして――しかしそれを振り切るように首を振った。もう解決したことなのだから、今更考えても仕方がない。僕はそう自分に言い聞かせながら、続きを見る。

『あいつ、私にも何も言わないで出て行っちゃって……バカですよね。ほんとバカ。あいさつくらいしてってもいいのに。そう思いません? 武者修行って言ってたから、どこに行ったかもわかりませんが……もしどこかで見かけたら怒っておいてください! それと……ごめんなさい、とも。この町の人たちは彼にひどい仕打ちをしてしまいましたから。きっと彼は二度とこの町には戻ってこない。……わかるんです。だから、どうか。よろしくお願いします』

「……ネザサさんのせいじゃないだろうに」

徐々に震えを隠せなくなっている文字を読み切った僕は、苦い気持ちでいっぱいだった。

(マサキくんも、一言くらい言ってから行けばいいのに)

――否、そうした理由もわからないわけではない。だからこそ僕は彼を庇うことも、彼女に共感することも出来ない。けれど、僕は心配なんてしていなかった。だって。

(二人は、似た者同士だから)

きっと、お互いの気持ちを誰よりも理解しているのだろう。……そんな気がする。

「ともかく、これで僕の新作は無事発行できそうだな」

「そうですね。……わざわざ行った甲斐がありましたね」