71

『拝啓。突然のご連絡、申し訳ございません。本日付けで絵が完成いたしましたので、お送りさせていただきます。お求めになっている絵に添うことことが出来ていれば嬉しいです』

拙い文面に、僕は妻と顔を合わせる。そして、どちらともなく小さく笑みを吹き出した。

「ふふっ。可愛い字ですね」

「ああ、彼女らしい」

「ええ」

手紙なんて書きなれていないのだろう。揺れる線と、大きさの疎らな文字に、何だか微笑ましい気持ちが込み上げてくる。僕は静かに手紙の続きに視線を落とした。

『この度の絵ですが、マサキからの助言を受け、番にしてお送りしております。片方を『華絵 彼岸花』といい、もう片方を――』

「『華絵 彼岸桜』……」

「彼岸桜ですか。すごくいい名前ですね」

「ああ」

秋の彼岸を司る、彼岸花。春の彼岸を司る、彼岸桜。

対局のような存在であるからこそ、生み出される奇跡のような世界に、僕は喉の奥が震えるのを感じる。――やはり、彼女に頼んでよかった。

僕は絵画を抱えると、妻を見つめた。表情が無意識に笑みを浮かべる。心に広がるのは――言葉にできないほどの高揚感だった。

「これなら表紙として申し分ないな!」

「ふふっ、それならよかったです」



――もし、この絵を表紙にした本が世に出たなら。

きっとこの世界の芸術は一歩足を進める事だろう。そして、沢山の人間の世界を広げ、強く惹き付ける事だろう。

(表紙負けしないように、僕も頑張らないといけないな!)

今、執筆を重ねている作品を頭に思い描き、僕は気合いを入れるように息を吸い込んだ。今すぐにでも筆を握りたいと思っていれば、ふと背中を軽く叩かれるのを感じた。振り返れば、妻が読み終わったはずの文を手に僕の背中を叩いていた。

どうしたのかと首を傾げれば、彼女は再び文を差し出してくる。

「あなた、文に続きが」

「え?」

僕は妻の言葉に誘われるがまま、文を再び手に取った。

さっきは高揚感で気づかなかったが、どうやら手紙の内容には続きがあったらしい。僕は腰を落ち着けると、再び文に目を通した。

『追伸。おじさんの体調ですが、まだまだ安定しないまま……不安な日々を過ごしております。ですが『華絵 彼岸花』の代わりに渡した『華絵 SAKURA』を見た時は、とても喜んでくれました! クラブでの活動も再開したようで、最近は少しずつ元気になってきているようにも見えます』

「そうか。それはよかった」

「ええ。よかったですね」

僕は小さく呟いて、あの時の事を思い出す。