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しかし、それを実行するには一つ――重大な欠点があった。それに気づかないほど、ネザサは楽観的ではない。

「で、でもそれって、わざと同じ力? 念? を使うんだよね。私、そんなことできないよ……」

「同じ力っていうか、似た性質の力って感じだな。全く同じである必要はないし、抑えられれば文句もないから込められた力が僅かでも問題は――」

「そうじゃなくって!」

マサキの軽い声に、ネザサは遮るように声を荒げた。彼女の手は強く握り締められて、白く変色してしまっている。

「わ、私はっ、マサキと違って一般人なんだよ!?」

「そうだな。でも大丈夫だって!」

「な、なんでそんな……っ!」

――なんでそう、簡単に言えるのか。

ネザサにはわからなかった。マサキの考えていることも。自分の力の正体も。自分が、何を信じ、何を頼ればいいのかも。

(もう、あんな想いは嫌だ……っ!)

「なんでって、そりゃあ当然だろ。ネザサの目の前にいるのは誰だ?」

「ぇ……」



「――天才陰陽師のマサキだぞ?」



その言葉に、ネザサは視界が大きく開けていくのを感じる。……真っ暗な闇の中、一筋の光が差し込んできたような気分だった。

「画家一人の作品を完成させることくらい、朝飯前だ」と言ってのけた彼に、ネザサは唖然とする。

(……ヒーローっていうより、悪役みたい)

――ああでも。一度くらいは、信じてみてもいいのかもしれない。

自分の事も、力の事も、正直何もわからないし何も信じられない。それでも、彼と過ごした時間やその間に感じたことは間違いなく本物で。

「それに、君の作品を僕も見てみたいからね」

「……そうなの?」

「当り前だろう」

そう言って笑うマサキに、ネザサは体が軽くなっていくのを感じる。あの人も言ってくれた言葉を、今度は他でもないマサキが言ってくれたのだ。

(みんな、待ってくれてるんだ)

そう思うと、不安に思っている自分が恥ずかしくなってくる。恐怖に怯えて筆を折るなんて――そんなの、もったいない。

「……そっか。それじゃあ、頑張ろうかな」

「サポートは任せろ!」

「あ、マサキは筆持たないでね」

「なんでだ!?」

騒ぎ立てるマサキに、ネザサは吹き出した。……腹がよじれるほど笑ったのは、いつぶりだっただろうか。

口を尖らせるマサキを前に、ネザサは『華絵 彼岸桜』の全様を頭に描いた。――『華絵 SAKURA』とはまた別の作品の姿に、胸が高鳴る。

(……描こう)

もう一度。今度は、みんなを守るために。