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……相変わらず、よくわからない人だ。

「あれ? あの人は?」

「もうずっと前に帰ったよ」

「えっ!?」

声を上げるマサキに、ネザサは苦く笑みを浮かべる。

――彼等がここを去ってから、優に三時間は経っているだろう。肩に乗っているちうがうつらうつらとしているくらいには、長い間思考に耽っていたのだ。

(どうせならガーちゃんも出して遊ばせてあげればよかったのに)

あれ。でも長時間はいられないんだっけ。……寂しいなぁ。

「見送りも出来なかった……!」

「……マサキって、変なところで真面目だよね」

「ん? どういうことだ?」

「何でもない」

頭を抱える彼に呟いた言葉は、どうやら彼には届かなかったらしい。

ネザサは湯呑を片付けながら、彼等の事を思い出す。

「……あの人、マサキによろしく言っといてって言ってたよ」

「声かけてくれてよかったのに!」

「あの人はしないでしょ、そういうの」

ふふっ笑えば、マサキは少し瞬きをすると「……確かに」と頷いた。あの人はあまり荒波を立てるような人じゃない。それが例え年下の子供相手だったとしても。

(周りを気遣い過ぎて倒れちゃわないといいけど……)

ぼんやりとそんなことを思いつつ、ネザサはマサキを盗み見る。ちうに頭を突っつかれている彼の背中を見て、そういえばと思い出した。

「それより、ずっと何を考えていたの?」

「ん? ああ、あれを考えていたんだよ」

「アレ?」

「『華絵 彼岸花』の効果の相殺方法」

「そ、そうさい……?」

マサキの言葉に、ネザサは首を傾げるしかなかった。

(そうさいって、あれだよね)

なんかこう……正反対の性質を持つものをぶつけ合って、ゼロに戻しちゃう。……みたいな。

「……よくわからないんだけど」

ネザサは素直にそう告げると、湯呑を片付け、マサキの正面の椅子に座った。

マサキはちうの頭を撫でると、自分のポケットから紙を取り出した。そこにペンを走らせる。図形、らしいが……。

「つまり、こういうことだ」

「う、うーん……?」

胸を張るマサキに、ネザサは紙を覗き込み――――頬を引き攣らせた。

(へ、下手過ぎてなにが描いてあるのか全く分からないんだけど……)

ガタガタの線。四角のように繋げられた木の枝のような線が三つ書かれているが、正直図と言っていいものかどうかわからないほど歪だ。

(……せめて大きさくらい一緒に出来なかったのかな)

――出来なかったのだろう。なんと言ってもマサキはかつての自治会の会長、お義父さんが大絶賛するほど絵心というものがないのだから。