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僕は彼女の言葉に乗るようにそう告げ、自分の自宅の連絡先を渡した。念のための名刺だ。数は少ないが、そう渡すような相手もいない。

見たことのない市外局番に、ネザサが驚いたように目を見開いた。

「えっ。こ、この辺の方じゃないんですか?」

「ふふっ。言ってなかったかい? 僕たちは新幹線に乗って、少し遠くから来ているんだよ」

「取材と絵の買取、それと妻との旅行も兼ねて、ね」と口にすれば、彼女は納得したように頷いた。

「ふふっ。仲がいいんですね」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

僕はついさっき打ち明けた言葉を思い出す。あの話を聞いた後で、そう言ってくれるのはとても嬉しい。

そんなことを考えていると、ふと自治会のチャイムが鳴った。

ネザサが腰を上げ、玄関へと向かう。少しした後、ネザサと一緒に入って来たのは妻だった。

「お、お前! どうしたんだこんなところまで……!?」

「大切なお話の最中、すみません。その……そろそろ新幹線の時間が近かったので、お迎えに来たのです」

「なんだって!?」

妻の言葉に、僕はがたりと椅子から立ち上がる。

慌てて時計を見れば、確かにそろそろ宿をチェックアウトし、荷物をまとめなければいけない時間になっていた。

「もうこんな時間になっていたのか! すまない、気づくのが遅れてしまった。今から帰るよ」

僕は慌てて荷物をまとめると、茫然とするネザサと未だ考え事に耽っているマサキくんに振り返った。

どうやら一度思考の海に入ると中々戻ってこない質らしい。そんなところも親友に似ているように感じて、つい口元を緩めてしまった。

「それじゃあ、何時でも連絡をしてくれ。待っているよ」

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします……!」

頭を下げる彼女に僕は笑みを浮かべ、自治会を後にする。

宿への道を急ぎながら、僕はぼうっとマサキくんの様子を思い出していた。

(マサキくん、何か考えているようだったけど大丈夫かな)

どこぞの親友と同じように、変なことを考えていないといいけど。

「あの、たぶん大丈夫だと思いますよ」

「え?」

妻の言葉に僕は顔を上げる。隣を歩く妻は、僕を見ると小さく微笑んだ。

「どうしてそう思うんだい?」

「あの子、ちゅう秋さんと同じ力を持ってますよね」

「え、ああ。そうだけど」

どうしてそれが、と視線を向ければ、妻はクスクスと笑うと自分の肩をちょんちょんと突っついた。

「あの子の肩に可愛い九官鳥が見えましたから」