58
「ああ、はい。もちろん、俺としても貴方が引き取ってくれるのは嬉しいんですけど」
「“けど”?」
「……持ち運びに関しては、考えていませんでした」
「え」
「すみません」
マサキくんの言葉に、僕は瞬きを繰り返す。……あれだけ考察した上、僕に頼み込んでおきながら肝心なことを忘れていたなんて。
唖然とする僕とマサキくんを、ネザサが交互に見つめる。僕はその視線に苦笑いをした。
(しかし、持ち運びが出来ないとなれば、僕が引き受けるのは難しいかもしれないな……)
「……あの、すみません。少しよろしいでしょうか?」
手詰まりか、と思ったその時。妻の声と共に彼女の手が挙がる。
「どうしたんだい?」
「あの、他の絵にしてもらうことは出来ないのでしょうか?」
「え、でもそれは……」
「わかっています。『華絵 彼岸花』の解決がしないことは。……でも、私たちが探しているのは小説の表紙です。もし他により良い作品があれば、そちらを選んでも罰は当たらないのではないでしょうか」
「それは……」
妻の見上げる視線に、僕は言葉を詰まらせた。
(……確かに、妻の言う通りだ)
僕たちは表紙になる絵をもらい受けるため、ここまで来たのだ。『華絵 彼岸花』の被害を食い止めるためではない。それはわかっている。わかって、いるのだ。
「……それでも、このまま見て見ぬ振りは出来ないよ」
「あなた……」
「あっ、で、でも、nezasaの他の作品は見てみたいな。簡単な興味本位だけど」
あははは、と声を上げて笑えば、ネザサの嬉しそうな視線が向けられる。しかしそれも、一瞬の事だった。
「……」
「ネザサ? どうした?」
(……おや?)
はっとしたような顔をした彼女の表情が、だんだんと曇っていく。何かを隠している、というよりは何か重要なことを忘れていたと言わんばかりの顔で。じっと彼女の言葉を待っていれば、薄い唇がゆっくりと動き出した。
「……ない」
「え?」
「……まだ、出来てない」
「「えっ」」
――出来て、いない……?
出来ていない、というのは、何のことだろうか。まさか、絵が出来ていないとでもいうのだろうか。……否、それ以外に何があるというのか。
(う、うそだろう)
「頭の中では出来てるの。でも、まだ描き起こしてなくて……」
「描き起こして、いない?」
「……描こうと思ってはいるんだけど、その……お義父さんが死んじゃってから、妹尾のおじさんが記憶喪失になっちゃったでしょう? だからその……それどころじゃなくなっちゃって」
「ああ、はい。もちろん、俺としても貴方が引き取ってくれるのは嬉しいんですけど」
「“けど”?」
「……持ち運びに関しては、考えていませんでした」
「え」
「すみません」
マサキくんの言葉に、僕は瞬きを繰り返す。……あれだけ考察した上、僕に頼み込んでおきながら肝心なことを忘れていたなんて。
唖然とする僕とマサキくんを、ネザサが交互に見つめる。僕はその視線に苦笑いをした。
(しかし、持ち運びが出来ないとなれば、僕が引き受けるのは難しいかもしれないな……)
「……あの、すみません。少しよろしいでしょうか?」
手詰まりか、と思ったその時。妻の声と共に彼女の手が挙がる。
「どうしたんだい?」
「あの、他の絵にしてもらうことは出来ないのでしょうか?」
「え、でもそれは……」
「わかっています。『華絵 彼岸花』の解決がしないことは。……でも、私たちが探しているのは小説の表紙です。もし他により良い作品があれば、そちらを選んでも罰は当たらないのではないでしょうか」
「それは……」
妻の見上げる視線に、僕は言葉を詰まらせた。
(……確かに、妻の言う通りだ)
僕たちは表紙になる絵をもらい受けるため、ここまで来たのだ。『華絵 彼岸花』の被害を食い止めるためではない。それはわかっている。わかって、いるのだ。
「……それでも、このまま見て見ぬ振りは出来ないよ」
「あなた……」
「あっ、で、でも、nezasaの他の作品は見てみたいな。簡単な興味本位だけど」
あははは、と声を上げて笑えば、ネザサの嬉しそうな視線が向けられる。しかしそれも、一瞬の事だった。
「……」
「ネザサ? どうした?」
(……おや?)
はっとしたような顔をした彼女の表情が、だんだんと曇っていく。何かを隠している、というよりは何か重要なことを忘れていたと言わんばかりの顔で。じっと彼女の言葉を待っていれば、薄い唇がゆっくりと動き出した。
「……ない」
「え?」
「……まだ、出来てない」
「「えっ」」
――出来て、いない……?
出来ていない、というのは、何のことだろうか。まさか、絵が出来ていないとでもいうのだろうか。……否、それ以外に何があるというのか。
(う、うそだろう)
「頭の中では出来てるの。でも、まだ描き起こしてなくて……」
「描き起こして、いない?」
「……描こうと思ってはいるんだけど、その……お義父さんが死んじゃってから、妹尾のおじさんが記憶喪失になっちゃったでしょう? だからその……それどころじゃなくなっちゃって」