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「あの時の僕は、まるで蟻地獄の中心で必死に足掻いているつもりで、逆に周りを引きずり込もうとしている、はた迷惑な虫けらだったんだ。……それを親友は教えてくれた。だからもう、間違わないよ」

『以降はないよ』と言っていた親友のちゅう秋の顔を思い浮かべる。あの時は一瞬見限られたのかと思っていたが、それはたぶん少し違うのだろうと、今なら思える。

僕の言葉に、ネザサは静かに微笑んだ。大人びた顔が、少しだけ羨ましそうに揺れる。

「……そう思うだけのことがあったんですね」

「完全に自業自得だったけどね」

「いえ。でも……わかる気がします。創作は人を狂わせますから」

「そうかい? そう言ってくれるなら……話してよかったよ」

彼女の言葉に、僕は笑顔を向ける。あんな凄い絵を描く彼女に共感してもらえることが、少しだけ嬉しかった。

……それと同時に、彼女には妻のような存在がいないことが、非常に悲しくて悔しかった。

(折れてしまわないと良いけど)

そう願うのも、烏滸がましいのかもしれないけれど。

「なんというか……すごく興味深い! ぜひともその親友さんにお話を伺いたいところですね!」

「はははっ。確かに、マサキくんとアイツなら息が合うかもしれないな」

マサキくんの言葉に僕は頭を過る親友の事を思い出す。なんだかんだ容赦のない彼は、マサキくんに通じるものがあると思う。

(同族嫌悪になる可能性も無きにしも非ずだが、まあどうにかなるだろう)

二人とも、意外と周りを見ている人間だから。

「まあ、おかげで今は妻と一緒にこうして楽しい時間を過ごせているわけだけど……楽しいだけじゃあ、世の中は進んでいけないのは世の常だからね」

「……そう、ですね」

僕の言葉に、小さくnezasaが呟く。その言葉は同年代の誰が言うよりも深く、重く聞こえた。

彼女はきゅっと眉を寄せると静かに口を震わせる。

「私だって、曰く付きの作品を作りたかったわけじゃないんです。ただ……好きな絵を好きなだけ描いていたかっただけ。なのに『呪いの絵画』だなんて言われて……」

そう言う彼女の声は、震えていた。そんな彼女に、僕は何も言うことが出来なかった。

彼女だって意図してやったわけじゃない。描いている最中に、たまたま強い想いが絵に宿ってしまっただけなのだ。……それが今では周りの人間から『呪いの絵画』、『人殺しの絵画』なんて呼ばれている。描いた本人としては、複雑な心境なのだろう。