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顔を合わせ、僕達はどちらともなく更衣室へと入っていく。幸いにも更衣室は男女で分かれているようで、中に入った僕はほっと胸を撫で下ろした。棚を見る限り、どうやら入りに来たのは自分たちだけらしい。それもそうだろう。朝食よりも早い時間なのだから。

浴衣を脱ぎ、タオルを腰に巻いて、緊張を胸に風呂へと向かう。

ガラリと開けた磨りガラスの扉。その先に広がる景色に、僕の緊張は一瞬で霧散してしまった。

「おおお……!!」

上りかけている太陽に照らされる白い空。下には大きな水辺が広がっており、キラキラと太陽の光を反射させている。そして何より。

「桜が見られるんですね……!」

「そうみたいだ」

宿を包み込むように、大きなしだれ桜が露天風呂の上部から降り注いでいる。咲き誇る桜は少ないものの、はらはらと宙を舞う花びらが水面に浮かんで、一種の神秘性を孕んでいた。

「とても、綺麗ですね……」

「ああ、驚いたよ」

(桜は散り際が美しいと言った人は、こういう光景を見たのだろうか)

そう物思いに耽ってしまうほど、目の前に広がる光景は素晴らしいものだった。……どれほどの時間見蕩れていたのだろうか。くしゅん、と妻がくしゃみをしたのを聞いて、僕達は慌てて体を流し湯船へと体を沈めた。

ちょうどいい湯加減と、昇る朝日。周囲を囲う神秘的な光景に、これまでにない贅沢をしている気分になる。

……さっきまで感じていた緊張はどこへやら。

僕達は他愛もない話をしながら、ゆっくりとした時間を過ごす。昨日の祭りで見たこと、聞いたこと。土産を買ったはいいが、あんまりにも美味しそうなものだから、気を抜いたら食べてしまいそうで我慢していること。マサキくんの射的の腕が素晴らしかったこと。ネザサが金魚を五匹も取ったこと。

「私は一匹も取れず、ポイが破れてしまいました」

「ははは、そうだったのか。呼んでくれれば良かったのに」

「あなた、お酒に夢中だったじゃないですか」

「ありゃ。そうだったかい?」

むう、と口を尖らせる妻に、僕は眉を下げて謝罪をする。……確かに、マサキくんが酒を持ってきてくれたあと、演者の人たちが酒を配っているのを見かけたのだ。僕を観光客だと知ると、あれもこれもと酒を置いていってくれて、いくらか呑ませて貰ったのを覚えている。

「ま、まあまあ。それより、友人との時間は楽しめたのかい?」

「ええ、もちろん」

「それは良かった。良ければ話を聞かせておくれ」