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そうでなきゃ自分なんぞに話すより先に医者に話していることだろう。

「……それが『華絵 彼岸花』のせいだと」

「ええ。状況を考えれば間違いないでしょうし、何より――ネザサと『華絵 彼岸花』があの家に行ってからのできごとですから、そう思わざるを得ないんです」

「……なるほど」

僕はそう呟いたきり、言葉を発することが出来なかった。ネザサを見れば、小さな唇を精一杯噛み締めている。大きな瞳には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうだ。

(この子は、どれだけ……)

不遇な目に遭って来た彼女を、神様は見放しているとでもいうのだろうか。こんな小さい子がここまで苦労する理由はあるのか。

「あなた……」

「……わかっているよ」

妻の声に、僕は小さく頷く。――わかっている。

マサキくんは苦く笑うと、目を伏せた。その手はネザサと繋がれたままだ。

「……絵画がなければ、まだマシになると思ったんです」

「だから自分に引き取って欲しい、と」

「ええ」

僕は息を吐いて頭を掻く。

……正直、絵がもらえるのは嬉しいことではあるが、どうやら思った以上に面倒なことになっているらしい。

(人を引き寄せる絵を使えば、本を手に取ってもらえる機会も増えるのだろうが……印刷で同様の効果が出るのか?)

「妹尾さんが自力で正気を取り戻すことが出来るなら、それがいいんですが……可能性は薄いと俺は見てます」

「……その理由は?」

「ありません。強いていえば今までの『華絵 彼岸花』の功績からの推測です」

マサキくんは真っすぐ、はっきりと言い切った。その潔さに僕は両手を上げる。完敗だ。

「……理由は分かった。だが、物が物なだけに即答もできないんだ。だから……一晩。一晩でいい。考えさせてくれないか」

元々それを目的にやって来たわけではあるが、こうも事件が相次いでしまうと少し尻込みしてしまうのも事実。……とはいえ、この状況を見て見ぬふりする勇気も、僕なんぞにあるわけがなく。

「ええ、もちろんです」

「よろしくお願いします」

「ありがとう」

僕は格好悪く笑みを浮かべると二人を送り届け、自分たちの宿へと戻った。

――僕たちがこの町を去る、一日前の出来事だった。





「僕は……『華絵 彼岸花』を迎えたいと思っている」

そう妻に報告したのは、朝が明けてからだった。

妻は何も言わないまま、小さく頷く。僕はそんな彼女に緊張で引き攣る心を感じながら、言葉を続けた。

「もちろん、数々の事件を思えばやめた方がいいのはわかっている。