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マサキくんの視線の先――そこから現れたのは、妹尾宅にいるはずのネザサだった。

(どうして彼女が……!?)

こんな、電話もない場所から。そう思いかけて、彼が陰陽師であることを思い出す。同時に、ネザサの頭上をくるくると回っている式神の鳥を見つけ、納得する。

(彼等が呼びに行ったのか……)

なんて賢い。それとも、そういう事が出来るように印を結んでいるのだろうか。

マサキくんは立ち上がり、ネザサに開封していないお茶を手渡す。自分の座っていた場所に彼女を座らせた。……なんて自然な対応なのか。ちゅう秋といい、彼といい、陰陽師は気障なのだろうか。

「それより、今この人に箕輪会長の依頼の事を話していたんだけど、今の状況を知るにはネザサから聞いた方がいいと思って」

「今の状況?」

「ああ、はい」

会話を遮ってしまった僕の言葉に、マサキくんは頷く。

「箕輪会長が死んだことで変わったのは、クラブの人間だけじゃないんですよ」と言ったマサキくんに、nezasaが俯く。その様子に、僕は生唾を飲み込んだ。――まるで世界中の罪を背負ったかのような表情は彼女の年齢にそぐわず、とても痛々しい。

「みんな、私のせいで……」

「ネザサのせいじゃない。それよりも、君の話を聞かせてくれないか」

「……うん」

彼女はマサキくんの言葉に頷くと震える手を合わせ、ぎゅうっと握り締めた。

祈っているかのような手に、僕は何とも言えない気持ちになる。

「お義父さんが死んで、私はまた一人になっちゃって……でも、私の絵を買ってくれた妹尾おじさんが私を引き取ってくれたんです。会長の形見だって」

「……ああ。それは風の噂で聞いているよ」

――箕輪会長と妹尾さんは、この辺りでは有名なほど仲のいい二人だったらしい。だから彼女が妹尾宅に引き取られたことに、周囲の人間は驚きもなかったそうだ。

しかし、彼女の顔色は優れない。もしかして上手くいっていないのだろうかと思ったが、どうやらそういう事ではないらしい。

「……おじさん、私を引き取った後からどんどん忘れっぽくなっちゃって……」

「え?」

「時々私の名前も忘れることもあるくらいで……ご飯とか、お風呂とかも、たまにわかんないってぼうっとしてて……」

だんだん小さくなっていく声に、僕はどう返したらいいかわからなくなっていた。――正直、予想外だった。

妹尾さんの年齢を考えれば、ただの痴呆症なのではないかと言えたのだが……彼女たちはどうやら違うと感じているらしい。