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「そ、そうなの?」

「あれだけ我が強い人たちですよ? 当然じゃないですか」

「あ、そ、そっか」

「まあ、そう仕向けたのはこっちなんで、何とも言えないんですけどね」

呆れたように告げるマサキくんの言葉に、僕は「はははは……」と苦く笑みを浮かべた。視線はだんだんと下がり、指先が冷たくなっていく。

(……まずいぞ。だんだん追いつけなくなってきた)

人の気を吸う絵画? まるで生きているかのようじゃないか。更には依頼内容の認識を誤認させていて……って待て待て。そもそも人の気ってなんだ? しかも気を吸われると死ぬ? 生気とか気力とか、そういうものか……?

「……マサキくん」

「はい」

「申し訳ないんだけど――――もう一回、噛み砕いて説明してもらってもいいかい?」

僕は恥を捨てて、マサキくんに問いかけた。



マサキくんの話曰く、この一連の事件はこうらしい。

まず『華絵 彼岸花』が世に生み出された時、描いた本人――nezasaの強い感情が絵に反映されてしまった。そのせいでその絵は強い気持ちを吸う、謂わば怪異のような存在になってしまったのだとか。

止め処なく人の強い感情を欲しがる絵画。その欲の強さが更に人を寄せ付け、魅了し、気が付けば高値が付くほどの絵画へと変貌を遂げてしまった。――しかし、絵画の本質は変わらない。寧ろ人を魅了したのも集めたのも、絵画自身が生きるためである。人間は、絵にとっては単なる餌だったのだ。

「そして強い感情を餌として与え続けられたモノは、もっと量が多く、質のいいものを欲しがる」

「……つまり、更に多くの気を絵が求め始めた、ってことかい?」

「はい」

より多くの。より強い気を。

「舌が肥えた人間みたいですね」

「ははは……」

「言い得て妙ですね」

妻の呟きに僕は苦笑いを浮かべる。マサキくんは感心したように頷いていた。……間違ってはいないのだろうが、言い方はどうにかならなかったのだろうか。

「ともかく、絵はどんどん欲張りになっていったんです。しかも――とてつもない短期間で」

そして強い感情を求めるが故に、絵は進化した。出来るだけ強い悩みや願望を持っている人間ばかりを惹き付けるように。

――結果、欲に塗れた人間が絵画を手にし、絵画は力を付け、更に人を引き寄せる。最悪のループの完成だ。

「人間の欲には底がないですから。あーやだやだ」

「なるほど。つまり、欲深い人間が近くにいればいるほど絵は、えっと……元気になると。そういうことかい?」

「元気! 確かにそうかも!」

高らかに笑うマサキくんに、僕は口を尖らせる。そんなに笑わなくともいいじゃないか。

僕はわざとらしく咳をすると、マサキくんを見る。きっと本題は違うのだろう。直感がそう告げている。