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少し長く風呂に入ってしまった僕は、妻に髪を乾かされながら「風に当たりたい」と告げた。渋い顔をする妻に「少しだけだから」と告げれば、「……仕方ないですね」と微笑まれる。

宿泊客用の下駄を借りて、僕たちは散歩に出た。時間は夜の十時を回ったくらいだろうか。シンと静まった街中を、二人だけで歩いていく。

「少しはお部屋で大人しくできないんですか?」

「はははっ、いいじゃないか」

「もう」

不貞腐れる妻に腕を差し出せば、頬を膨らませたままその細腕を絡めてくる。僕はそれに満足げに目を細め、静かに空を見上げた。

シンと静まる夜の空。浮かんでいるのは満月と視界を遮る桜の花。三週間前のよりは緑が多くなり、足元の桃色の絨毯はだいぶ薄くなっていた。

僕たちは静かに足を進める。店も閉まった並木道は、とても静かで厳かな雰囲気が膨らんでいた。

「風、気持ちいいですね」

「そうだね」

「もうちょっとお花見してみたかったです」

「そうかい? 十分写真は撮ったと思うけど……そうだ! それじゃあ来年はちゅう秋たちも誘って花見でもしようじゃないか! 肉も酒もたんまりと買い込んで」

「ふふっ、それはとても楽しそうですね」

「だろう?」

クスクスと笑みを浮かべる妻に、僕も笑みを浮かべる。禊が終わったことで、心が軽くなったようだった。

他愛もない話をしながら歩いていく。ふと、反対岸に影が動いたような気がして、僕は視線を向けた。

「あ」

「あれ。あの子って……」

「あ、うん」

「マサキくんだ」と僕が呟くと、影が同時に振り返った。満月の明かりではっきりと見える顔は、間違いなく彼のもの。手を振れば振り替えされ、彼は周囲を見回すとこちらへと続く道へと走り出した。

その姿に僕と妻も小走りで向かえば、すぐに合流できた。

「こんばんは、マサキくん」

「こんばんは。どうしたんですか、お二人揃ってこんな時間に」

キョトンと首を傾げるマサキくんに、僕と妻は目を合わせる。それは僕たちのセリフでもあるんだけれど。

「僕たちはちょっとした散歩をしていただけだよ」

「そうだったんですね! ここの景色、すごくいいですもんね」

「マサキくんはどうしてこんな時間に?」

「パトロールです!」

「ぱとろーる」

「はい!」

満面の笑みでそう言い切った彼に、僕は何とも言えない気持ちになる。思わず舌ったらずに返してしまったくらいだ。

(そういえば、毎日この町を巡回しているって言ってたな)