41

「それはわかっているが、一体どうしたもんか……」

あまりにも事件に近い出来事の方が多く、絵画の良さよりも事件性の方が強くなってしまう。それに、未だ『華絵 彼岸花』を実際に目に出来ていない以上、描けることも少ない。

(ネザサに取材をするにしても、この状況じゃあ聞けるものも聞けないな……)

何か、こう……話の手がかりになるようなものがあればいいのだけれど。

はあと大きくため息を吐き出す。腹の奥に詰まっていたものが少しだけなくなったような気がした。

「……とりあえず、書けるところだけ書いておこう」

僕はペンを持つとメモ帳に滑らせた。

「あなた」

「ん? ああ、君か」

それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

浴衣姿で立つ妻の姿に、僕は顔を上げる。固まった身体でぐっと伸びをすれば、肩や背中が心地よく伸びていく。

「……お仕事ですか?」

「まあね。今のうちにまとめておこうと思って」

妻の問いかけに頷けば、差し出されるお茶。それを受け取れば、温かいぬくもりが冷たくなった指先を温めてくれる。ほうっと息を吐けば、妻と目が合う。

「どうしたんだい?」

「……」

「……何か気になることでもあるのかい?」

じっと僕を見つめる彼女に、僕は問いかけた。妻は静かに視線を彷徨わせると、静かに口を開く。

「いえ、その……休んでいなくていいんですか?」

「え?」

「あんなことがあったのに、お仕事だなんて……」

そういう妻に、僕は「ああ、なるほど」と呟いた。

(僕の事を心配してくれているのか)

倒れたばかりで仕事をしている僕を見て、気になったのだろう。しかし、誰かの仕事のことに関して口を出すのは気が引ける。……相変わらず、気の利く優しい女性だ。

「大丈夫だよ。今日は簡単に書き出すだけのつもりだったし、それももう終わったから」

「そう、ですか」

「心配かけてすまないね」

「いえ」

ふるりと首を振る妻に、僕は込み上げる幸せを感じる。誰かに心配されるのが嬉しいと思うなんて、以前の僕じゃあ考えられなかったことだろう。

僕は筆を片付けると、自分の分の浴衣や風呂に持っていくタオルなどを手に取った。

「僕も温泉に入ってこようかな」

「なら先ほど露天風呂が解放されていたのを見ましたよ。行ってみませんか?」

「露天風呂か! そりゃあいい!」

――この宿の一番の目玉である露天風呂。

運悪く故障してしまい、点検が入っていたと聞いたがまさか宿泊中に使えるようになるとは。なんと運がいい。