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「な、なんなんだお前らは……ッ!」

「うっ、最悪だ! これだから外の人間は信じられん!」

老人たちはそう言って吐き捨てると、バタバタと慌ただしく去って行く。僕は白む視界でそれをただただ見ていた。

その部屋に残ったのは、汚物まみれになった僕と、冷静に窓を開けるマサキくんのみ。

「まったく、根性のない奴らだなぁ」

「……げほっ……マサキくん、君は一体……」

「だから言ってるじゃないですか」



――天才陰陽師、マサキですって。

そう笑う彼は、僕を蔑むどころか僕に向かってにこりと笑みを浮かべると、「よかったですね」と呟いた。その声に力なく笑みを浮かべれば、どこからか聞きなれた足音が聞こえてくる。――妻だ。きっとマサキくんが式神で呼んで来てくれたのだろう。

僕は慌ただしく入ってくる妻の顔を見るなり、気を失ってしまった。――ああ、これで僕はもう自分に負けることはないのだと、安心さえしていた。





「う……」

僕は気づいた時には旅館に戻っていた。

ズキズキとひどく痛む頭を押さえながら、僕は周囲を見渡す。目を開けるのもつらく、このまま再び寝入ってしまいたい気持ちだったが、心配そうな顔をする妻の姿に僕は体に鞭を打って、ゆっくりと上半身を起き上がらせた。

妻が目を見開いて驚く。

「あなた……!」

「っ……すまないね」

「無理してしゃべらないでください。今頭痛薬を持ってきますので」

「はは、君には勝てないなぁ」

小さく潜められた声に、僕は彼女の気遣いを感じる。先に準備をしていたのだろう。水差しから水を淹れて来ると、妻は傍らにあった粉薬と水の入った湯呑を差し出してきた。

それを有難く受け取り、僕は薬を飲み下す。ひんやりとした水が痛みで熱を持つ頭を少しだけ冷やしてくれる。ゆっくりと体を横たえれば、心配そうな妻の顔が見える。

「……大丈夫ですか?」

「ああ。ちょっと楽になったよ」

背中を擦ってくれる妻の手を感じながら、僕は小さく笑みを浮かべる。

妻と自分は急ごしらえの喪服を脱ぎ、旅館の服を着ている。妻の話によれば、彼女はあの後マサキくんと一緒に僕の汚物の処理をした後、服をひっそりと処分してくれたらしい。お金が無駄になってしまったが、あの服を再度着られるようにするのは難しいようだった。

話してくれる妻の目は少しだけ赤くなっており、自分がどれだけ心配をかけてしまったのかが伺える。僕は綺麗な手で妻の髪を撫でると、妻はハッとした顔をした。その顔は、どこか赤く染まっている。