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そんな僕を無視して――否、元々見えてなどいないのだろう。細谷はキリリとした目でマサキを睨んだまま叫ぶ。

「何だその言い方は! そもそも、お前がちゃんと仕事をしていればこんなことにはならなかったんだ! それとも何か!? お前は陰陽師じゃなくて死神だったとでもいうのか!? ワシらを弄んでいたのか!?」

「……さあ。どうでしょう。陰陽師は人の生死に近いですから、死神と言われても仕方ないかもしれません」

「このガキ……ッ!!」

細谷が拳を振り上げる。途端、僕の顔の横を白い何かが横切った。

「いだだだだッ!」

(えっ)

「ほ、細谷さんッ!?」

「な、何が起こったんだ?!」

突然痛みに呻き出した細谷に、ワラワラと周りの人間が駆け寄る。その様子を見ながら、僕は茫然と目の前の鳥の姿を見ていた。

全体的に白く、ぼやける輪郭。生き物がいるとは思えないくらい希薄な気配なのに、それは細谷の頭をすごい勢いで突っついていた。まるで怒っているようだ。

「痛いッ! 痛い!! 頭が割れるぅうう……ッ!」

「ヒィッ! も、もしかしてこれが呪いだっていうのか!?」

「ば、馬鹿な事言ってんじゃないよ! きゅ、救急車……そうだ、救急車を呼びましょう!」

「そ、そうだな! 早く救急車に連絡を!」

「――その必要はありませんよ」

まさに鶴の一声と言わずにはいられない。

阿鼻叫喚に包まれた空気を一蹴したマサキくんは、細谷の肩をじっと見つめる。その目を、僕たちは息を飲んで見つめていることしかできなかた。

「ちう、帰ってこい」

――小さく。本当に小さく呟かれた言葉。

その声が聞こえたのは、どうやら僕だけだったらしい。

ばさりと何かが羽ばたく音が響く。細谷の頭を突っついていた白い鳥が宙を舞い、マサキくんの肩に停まった。細谷の悲鳴はもう聞こえない。

「すみません。僕の式神が怒ってしまったみたいで」

にこやかに笑うマサキくんに、僕はうすら寒いものを感じた。それは僕以外の人たちも同じだったようで。

「ひ、ひいいいっ!」

情けない悲鳴を上げた細谷を筆頭に、老人たちが退く。

その光景を目にして、僕はホッと息を吐いた。――それがいけなかったのだろう。我慢していたものが上から下から、まるで僕の身体の中の毒素が噴き出るかのように流れ出た。

「う、うええええ……っ」

「ひ、ひいいい!」

嗚咽が響く。強烈な異臭が周囲に漂い、周囲の人間が一斉に距離を取ったのを感じる。しかし、僕は止めることができなかった。