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その背中を見送って、僕は部屋の惨状を見る。掴み合った男二人を、周囲の人間が必死に押さえている。綺麗に並べられていたであろう座布団はあっちこっちに飛び散り、元気なわんぱく坊主が欲望のままに暴れたような様子だった。マサキくんは嗤う。

「おやおや、皆さんどうしたんですか? そんなに血相を変えて」

へらへらと笑うマサキくん。その表情が気に食わなかったのだろう。掴みかかっていた男がマサキくんに詰め寄った。

「っ、お前のせいだろう! この詐欺師が!」

「詐欺師? 何のことです?」

「箕輪会長をみすみす見殺しにしておいて、その反応はなんだ! 悪いとは思わないのか!」

「そんなこと言われても困りますって」

「こンの……ッ、クソガキがッ!」

「ほ、細谷さん、落ち着いて! 相手は子供ですよ!?」

「うるさい!!」

他の人たちの手を振り払って、細谷と呼ばれた男がマサキくんの胸元を掴み上げた。無抵抗のマサキくんに、僕は慌てて庇うように二人の間に入り込んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 暴力沙汰はダメですよ!」

「チッ! 余所モンのくせに俺たちの問題にしゃしゃり出て来よって!」

細谷は怒鳴る。まるで獣のような勢いに、僕は眉を寄せた。

(力強いな……!)

ペンと日常生活で使うものくらいしか持ちあげたことのない腕が、悲鳴を上げる。……せめてガタイのいい親友がこの場に居ればどうにかなったのだろうが、残念ながらいないので仕方がない。

(僕がどうにかしなきゃ……!)

その時、ツキンと腹が痛んだ。それはぐるぐると腹を下し、胃を競り上がってくる。

冷や汗が止まらない。男の腕を掴んだ手から、力が抜けていく。

「マサキさんよォ! 天才陰陽師だかなんだか知らねぇが、この町に来てどれくらい経った?」

「そうですね。半年くらいでしょうか」

「ッ、その間に何人死んだかわかっているのか!?」

「ええ、三人ですね。皆さんお年を召しておりましたので、元々医者からは長くはないと診断されていた方々ですね」

「残念です」というマサキくんは、どこか遠くを見つめている。まるで、話など聞いていないかのような表情に、細谷は更に声を荒げている。

しかし、彼等のやり取りに耳を傾けている場合ではなかった。

今にも崩れそうな足を震わせ、立つ。マサキくんが驚いたような顔をしているのを見ながら、僕は膝を着く。競り上がってくる胃酸の味に喉が痛む。

(ま、まずい……)

これは、かなりまずいかもしれない。