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「――あれ。貴方まだこんなところにいたんですか?」

「!」

背後からの声に、僕はビクリと肩を震わせる。再度振り返れば、そこには今度こそ人の姿があった。

「ま、マサキくん。どうしてここに……」

「主催の箕尾会長の奥さんを呼びに来たんですよ。何でも会場の人が話があるからって」

「ほら、奥さん、呪われたくないってネザサに近づかないようにしているでしょう?」と言って笑うマサキに、僕の背中を冷や汗が伝う。……確かに箕面さんの奥さんはこの先の部屋にいるが、あの喧騒の中の一人だ。未だ怒鳴り声が響く部屋に視線を向ければ、マサキくんは苦く笑う。

「全く。またやってるんですか~?」

「え。またって……もしかしてこういうことよくあるの?」

「ええ、まあ」

こくりと頷くマサキくんは、もう慣れたと言わんばかりに襖に手を掛けた。その手を僕は慌てて止める。

「ちょ、ちょっと待って!」

「え? どうしてです?」

「……今はその……やめた方がいいかなって思うんだ。もう少しほとぼりが冷めてからでも」

「? ああ、もしかして僕のことで争ってます?」

「えっ」

「いやぁ、僕ってば人気者で」

「まあ、天才陰陽師ですから仕方ないんですけどね!」と笑うマサキくん。その顔は綺麗なほどの笑顔なのに、目は諦観に染まっており、まるで何を言われるのかわかっているかのような表情だった。――少なくとも、子供のする表情ではなくて。

(彼等は、今までマサキくんにどんな言葉を投げてきたんだ)

一回や二回ではこんな顔をさせることはないだろう。ならば一体どれだけの暴言を彼に浴びせてきたのか。僕は考えるだけで胸糞が悪くなって拳を握りしめた。

「というわけで」

「え」

――しかし、それはマサキくん自身に吹き飛ばされた。それはもう、豪快に。



スパーンッ。

「どうもー! 天才陰陽師のマサキでっす! ご歓談中のところ申し訳ないんですけど、箕輪さんの奥さんいらっしゃいますか?」

「ちょっと!?」

(嘘だろう!?)

綺麗な音を立てて開かれた襖。見開かれた数々の目が部屋の中から突き刺さる。信じられない、と言わんばかりの視線に、僕も内心大いに同意した。

「ま、マサキくん」

「なんか会場の方が奥さんにご相談があるそうで。お手数ですが足を運んでいただいても?」

「あ、ああ。わかったわ」

顔を真っ青にした奥さんはぎこちなく頷くと共に、そそくさと部屋を後にした。