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葬式をしている部屋から少し離れた部屋。行き止まりであることを頭に入れつつ、僕はゆっくりと襖に耳をつけた。聞こえてきたのは、一人の老人の声。

「それにしても、ここまで来るともはや祟りじゃないか!」

「まあまあ、細谷さん落ち着いて」

「落ち着いとる!そうやってすぐ人を老人扱いしよってからに……! そもそも、ワシとしては騒ぎ立てないあんたらの方が気になるがな!」

「それは……」

「ふんっ。だから言ったのだ。さっさとあの絵を処分してしまえと」

「でもなぁ……あそこまで良い絵を処分するのは心苦しいというか……」

「うるさい! そう言って保管して、これで何度目だと思っている!?」

「ううーん……」

(……なるほど。あの絵の行方にも派閥があるのか)

聞けば、絵――『華絵 彼岸花』をさっさと処分してしまえという派閥と、良い作品を処分するのは勿体ないという派閥。……正直、どちらの言い分も分かるし、それを通すためには相応の犠牲があるのもわかる。ギリギリで保っているこの派閥の関係。会長が居なくなったことでその均衡にヒビが入ってしまったのだろう。喧嘩腰の言い合いに、僕は顔を顰める。

「しかし、簡単に捨てるわけにも……」

「何を言っているんだ! あんな余所者の子供まで使って……! 妹尾さんの前でも同じことが言えるのか!?」

「それは……また関係のない話だろう!」

「関係大有だ!」

「君だってマサキくんを迎え入れるのに反対はしなかっただろう!」

「そ、それは会長の威厳を尊重してだなあ……!」

「反対しなかった以上、君だって同罪だ!」

「何をぅ!? 大体お前らは――」

(あーあ)

大人げない罵詈雑言が飛び交い始める室内に、僕はため息を吐く。人が死んだというのに、誰のせいだとか、何をしていたのかとか、無粋なことを言うにもほどがある。

(もう少し大人しく浸ってられないのかねぇ……)

別れを惜しんでいるのはわかるが、それを他人にぶつけるべきではないことくらい大人なら察して当然だろう。マサキたちがいなくてよかった、と心底安心していれば、ふと視線を感じて振り返る。ふっと見えたのは――白い、鳥のようなもの。

「……なんだ、あれ」

じっとこちらを見つめてくる鳥に、僕は目を細めた。輪郭がぼやけているその鳥は、今にも消えてしまいそうに思えた。しかし、視線の圧を感じるのは間違いなくあの鳥で。

(僕は幽霊でも見ているのか……?)

そう考えて、いやいやと首を振る。そんな馬鹿な。