32

「そう言ってくださると恐縮です。少しでもお力になれるよう、いい記事を書きますね」

「そうしてください! そうしてください!」

会長と強く握手をして、僕は招かれるがまま中へと入った。

建物の中は綺麗に片づけられており、色々なところに絵画がかけられている。量はあまり多くはないものの、どれも目を引くようないい作品だった。

「ネザサの両親は他界していてなぁ。私と妻が引き取ったんだが、仕事ばかりに気を取られていたからか、お恥ずかしながら私はあの子に懐かれていなくてなぁ。気が付けば外で絵を描いてばかりなんだ」

「そうなんですね」

「まあ、会長の頭を見れば誰だって……」

「誰の頭が禿げてるって?」

「いだだだだ! だ、誰もそこまでいってねーじゃん!」

「目が言っとるんだ! 目が!」

「そんなの理不尽だ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐマサキと会長の姿に、僕は込み上げる笑いを抑えきれない。

(昨日は随分大人びた子供だと思っていたが、年相応なところもあるんだなぁ)

二人の背中を追いかけながら、時折混ざるnezasaに関することを頭の中に書き留めていく。記者とはいえ、彼女の生い立ちを勝手に描くのはマナーとしては良くない。

(しかしまあ、小説の設定には使えるかもしれないな)

僕はそう内心で考えると、一つの部屋へと案内された。

その部屋にはnezasaが床に這いつくばるようにして絵を描いていた。それは自分と妻の絵の、続きだった。

「ネザサ。お前にお客さんだ」

「あ、ありがとう……」

彼女は小さく告げると、絵を隠してしまった。まるで絵を隠しているかのような行動に、僕は首を傾げる。しかし、疑問に思ったのは自分だけだったようだ。

会長が寂し気に視線を下げ、「お茶を淹れて来る」と去って行く。

ぴしゃりと閉まった扉に、僕は彼女に視線を向けた。

「……どうして隠したりなんかしたんだい?」

「え、あの……」

「別に怒っているわけじゃないよ。ただ、何か理由があるのかなと思って」

「……」

彼女は近くに座った僕を見上げて、静かに絵を開く。その頬は少しだけ赤らんでいた。

「……恥ずかしい、から」

「え?」

「近い人に自分の作品見られると、恥ずかしいじゃないですか」

かあっと顔を赤らめる彼女に、僕は数回瞬きを繰り返し――噴き出した。

「ふっ、あはははっ!」

「わ、笑わないでくださいっ!」

「はははっ! あー、いやっ、ごほんっ。ごめんごめん、っふふふ……」

「……思ってないでしょう?」

「ふふっ、ごめんね」

込み上げる笑いに、僕は腹を抱える。まさか彼女にそんな可愛らしい一面があったとは。