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「次の作品の表紙に、あれを使いたい」

「えっ。……取材ではなく?」

「ああ」

雑誌の取材の仕事の傍らに書いている小説。……その表紙に『華絵 彼岸花』を使いたいと思ったのだ。今日、彼女の絵を間近で見て。

「だから、僕は諦めない。諦められない。……すまない」

「……そう、ですか。いえ。でも、あなたらしいです」

「そうかい? ああでも、もし僕が脇目も振らず君との生活を危うくするようなことをしそうになったら、君が僕の目を覚まさせてくれないか?」

「……それ、いつもと何も変わらないじゃないですか」

「そうかもしれないな」

ははっ、と笑えば、妻もくすくすと笑みを浮かべた。

さっきまでの不安の色は払拭され、二人で酒を楽しむ。その間も、僕の頭を占めていたのは今日見たnezasaの描く絵だった。





――『華絵 彼岸花』は、調べれば調べるほど曰く付きの絵画だった。

何人もの不審死を呼び込み、更には贋作を疑われたこともあるらしい。有名画家である『ぱぱぱ』の発想によく似ていることから、彼の作品ではないかと言われ、しかしそれにしては色が少ない。

色の少なさとタッチから同様に有名画家である『高橋』の作品なのではないかと言われたが、それは本人がきっぱりと否定。結局画家の名前もわからないままだった時期があったらしい。

僕は子供の頃、画家『ぱぱぱ』の作品に感銘を受け、創作という分野に手を出した。結果、今では物書きをしており、時折彼の世界観を題材に書くこともあるくらいだ。当時の僕は創作をすることに全力を尽くし過ぎていたように思う。

熱は巡り巡って自分の“毒”になり、数年前にちゅう秋に払われたのだが……今ではどうなっているのだろう。

(同じことを繰り返すわけにはいかない)

腹の奥で燻る熱を押さえつけて、僕は静かに心の中で決意をする。

大切な存在である妻を、巻き込むわけにはいかない。妻を――――大切な人を、守るためにも。

「あっ」

「!? こ、今度はどうしたんだ?」

「あの、話を蒸し返すようで申し訳ないのですけれど…………nezasaさんの連絡先、聞きましたか?」

「……あ」

僕は妻の言葉にぽっかりと口を開けた。

しまった。完全に失念していた。

「……明日、マサキ君に聞いてみるよ」

「そうですね」

僕はそう告げると、新しい酒を煽った。さっきは甘く感じた酒も、今はちょっとばかり苦く感じたのは気のせいではないだろう。