29
(あいつに比べれば、赤子みたいなもんだったな)
僕はマサキの顔を思い出して一つ笑みを零す。その後の桜まつりでは少し打ち解けることも出来たし、存外有益な時間を過ごすことができたと思う。
妻と並び立ち歩く街は祭りの余韻を残しているのか、僅かに浮き足立っているようにも感じる。それは僕の体を疲労感と共に優しく包んでいた。
「体が冷える前に帰ろうか」
「そうですね」
頷く妻の手を取って、僕は宿へと足を進める。昨日とは違う、充足感のある心と共に。
「ねえ、あなた」
「どうしたんだい?」
風呂に入った後、酒を煽っていた僕に妻の声がかけられる。自然と外を眺めていた視線を向ければ、飛び込んできた光景に目を見張った。
(おお……!)
浴衣を着た彼女はとても美しく、月夜に照らされる横顔はまるで天女のよう。
妻ははらりと落ちた髪を耳に掛けると、その小さな唇をお猪口に付けた。ほうっと息を吐いて、視線が向けられる。
「……あの、絵画のことなのですが」
「ああ、うん」
「……もし本当に呪いがかけられていたら、どうするつもりですか?」
「え」
妻の言葉に、つい声が零れる。傾けていたお猪口から、わずかに酒が零れ落ち、慌てて口元を拭った。
「突然何を言い出すのかと思えば……どうした? 何か思うところでもあったのかい?」
「いえ。そういうわけではないのだけれど……」
「大丈夫。言ってごらん」
視線を背ける妻に、僕は出来るだけ優しく問いかける。
彼女は視線を少し彷徨わせると、お猪口を両手で持った。
「ずっと考えていたんです。もし、本当に呪われていてあなたが危険なことに巻き込まれたり、周りに囃子立てられて高値で売りつけられたり……そんなことになるくらいなら、このまま帰った方がいいんじゃないかって」
「どうして?」
「わかりませんか? 心配なんです。あなたが」
妻の視線が、僕を射抜く。
「あなた、よく良くないことに巻き込まれるでしょう? いつもはちゅう秋さんがいてくれますけど、今回はいませんし、もし何かあったら……」
「お前……」
「……すみません。大切なお仕事のことなのにこんなことを言ってしまうなんて……」
「妻失格です」と視線を下げる彼女に、僕はお猪口を机に置いて彼女の手を取った。
冷たく冷えてしまった手を擦る。
「君には、心配をかけてばかりだな」
「そんなことは……」
「でも、すまない。僕は彼女の作品を見て、確信してしまったんだ」
妻の目を真っすぐ見つめ返して、僕は告げる。
(あいつに比べれば、赤子みたいなもんだったな)
僕はマサキの顔を思い出して一つ笑みを零す。その後の桜まつりでは少し打ち解けることも出来たし、存外有益な時間を過ごすことができたと思う。
妻と並び立ち歩く街は祭りの余韻を残しているのか、僅かに浮き足立っているようにも感じる。それは僕の体を疲労感と共に優しく包んでいた。
「体が冷える前に帰ろうか」
「そうですね」
頷く妻の手を取って、僕は宿へと足を進める。昨日とは違う、充足感のある心と共に。
「ねえ、あなた」
「どうしたんだい?」
風呂に入った後、酒を煽っていた僕に妻の声がかけられる。自然と外を眺めていた視線を向ければ、飛び込んできた光景に目を見張った。
(おお……!)
浴衣を着た彼女はとても美しく、月夜に照らされる横顔はまるで天女のよう。
妻ははらりと落ちた髪を耳に掛けると、その小さな唇をお猪口に付けた。ほうっと息を吐いて、視線が向けられる。
「……あの、絵画のことなのですが」
「ああ、うん」
「……もし本当に呪いがかけられていたら、どうするつもりですか?」
「え」
妻の言葉に、つい声が零れる。傾けていたお猪口から、わずかに酒が零れ落ち、慌てて口元を拭った。
「突然何を言い出すのかと思えば……どうした? 何か思うところでもあったのかい?」
「いえ。そういうわけではないのだけれど……」
「大丈夫。言ってごらん」
視線を背ける妻に、僕は出来るだけ優しく問いかける。
彼女は視線を少し彷徨わせると、お猪口を両手で持った。
「ずっと考えていたんです。もし、本当に呪われていてあなたが危険なことに巻き込まれたり、周りに囃子立てられて高値で売りつけられたり……そんなことになるくらいなら、このまま帰った方がいいんじゃないかって」
「どうして?」
「わかりませんか? 心配なんです。あなたが」
妻の視線が、僕を射抜く。
「あなた、よく良くないことに巻き込まれるでしょう? いつもはちゅう秋さんがいてくれますけど、今回はいませんし、もし何かあったら……」
「お前……」
「……すみません。大切なお仕事のことなのにこんなことを言ってしまうなんて……」
「妻失格です」と視線を下げる彼女に、僕はお猪口を机に置いて彼女の手を取った。
冷たく冷えてしまった手を擦る。
「君には、心配をかけてばかりだな」
「そんなことは……」
「でも、すまない。僕は彼女の作品を見て、確信してしまったんだ」
妻の目を真っすぐ見つめ返して、僕は告げる。