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「少しは楽しんで頂けました?」

「ああ、凄く楽しかったよ。特に奉納式の演舞は目を見張るものがあった。まあ、あんな動き、僕には出来ないけれどね」

「あれ、二ヶ月前から練習をしているそうですよ。みんな最初はガチガチで何も出来ないってボヤいてましたし」

「そうだったのか。すごいなぁ」

「まあ、俺には出来ないですけどね!」

「はははは」

胸を張って言うマサキくんに、僕は声を上げて笑う。貰った酒をクイッと一口飲めば、体の芯が温まっていくような感覚がした。ふと隣で佇むマサキくんを見て、僕はそういえばと声を上げる。

「マサキくんは人気者なんだね」

「えっ?」

「だってほら、人とすれ違う度に誰かに話しかけられていたじゃないか」

そう告げれば、マサキくんは「まあ、そうですね」と小さく呟く。思っていたのと少し違う反応をする彼に首を傾げれば、パッと笑みが浮かべられる。

「俺は天才陰陽師なんで!」

「そうなのかい? それだけには思えないけど」

「天才はいつだって予想を超えるものですよ」

ニッと明るく笑みを浮かべる彼に、僕は「そういうことにしておこうか」と呟いて酒を煽る。

体に回る微量のアルコールを感じつつも、思い浮かべるのはここに来るまでの道中。たくさんの人と話すマサキくんは、全員の顔と名前、それと話した内容をしっかりと覚えていたように思える。

(僕には逆立ちしてもできない事だなぁ)

人の顔と名前を覚える事が苦手な僕にとって、それは新しい薬を開発するのと同じくらい凄いことなのだ。それを自分よりも十も年下の少年がしているなんて、尊敬の念しか浮かばない。まるで親友であるちゅう秋を見ているかのようだ。

(……僕も、頑張らないと)



他愛もない話をしながら桜まつりを楽しんだ僕たちは、祭りが終わったのを見届けて解散することになった。手を振る二人にひっそりと振り返し、その場を後にする。

妻と二人きり。連れ立って歩いていれば、どっと押し寄せてくる疲れに僕は腹の底から息を吐く。

「はあ……疲れた……」

「ええ。でも楽しかったですね」

「そうだね。人は多かったが桜も綺麗だったし、予期しないいいものも見ることが出来た。大収穫だ」

そう告げる僕に、妻はくすくすと笑う。きっと全部お見通しなのだろう。

僕も妻の声に釣られて小さく笑う。最初に会った時のマサキとの駆け引きは確かに身を削るような感覚だったが、決して嫌ではなかった。友人の事を思い出してしまったのは仕方がない。