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「もう……応えてくれなくても文句言わないでくださいね。一応私だって赤の他人なんですから」

「大丈夫だ! 君は美人だからな!」

「何の根拠にもなっていませんよ」

くすりと笑みを浮かべる妻に、僕は安心してお茶を飲み干し、魔法瓶にカップを戻した。鞄の中へと戻した妻と共に、近くの橋を渡り、少女のいるところまで戻って来た。

少女は白い髪を靡かせながら、一心不乱に筆を動かしている。

「ごめんなさい、ちょっといいかしら」

「っ!」

少女はびくりと肩を揺らすと、妻の声に振り返る。

簡単に自己紹介をする妻の声を聞きながら、僕は少女の周囲に散らばった紙の数々に目を走らせた。

(絵、か?)

どれもこれも、朱い墨で書かれたそれは、桜にしては少し色が濃いように見える。しかし、その儚さと力強さは、何かに似ているような気がして目が離せなかった。

「あ、あの……すみませんでした」

「え?」

「その、ずっと盗み見ていたこと……」

「あ、ああ!」

頭を下げる少女の言葉に、僕はハッとして首を横に振る。そんなこと気にしなくていいのに!

「別に気にしていないよ! ただ、なんで見ていたのかなって気になってね。僕たち、何か変なことをしていたかな?」

妻の隣にしゃがみ、少女の目線に合せてそう問いかける。

もちろん先ほど感じた直感もあったが、何かこの地ではやってはいけないことをしたんじゃないかという不安も、少なからずあったのだ。

「あ、えっと……その……」

「「?」」

少女の視線が彷徨い、頬が赤く染まる。ちらりと向けられた視線は、さっきまで少女が手に持っていた紙に注がれていた。妻と顔を見合わせ、紙に手を伸ばす。

「これは……」

「私達、ですね」

紙に描かれていたのは、桜の木の下で笑い合う男女。その笑顔はどちらも優しく、見ている側の心が温かくなるほどだった。

僕たちは揃って少女を見つめる。彼女は恥ずかし気に指を擦り合わせ、静かに俯いた。

「……その、とても仲良さそうにしていたので、つい」

「そうだったのか」

「す、すみません! 勝手に描いてしまって……!」

「ああいや! それは構わないんだが……すごいな。とても綺麗だ……! 君もそう思わないか?」

「ええ。すごく温かい気持ちにさせてくれます。すごい……」

「そ、そんな!」

「いやいや。謙遜しなくていい。寧ろ僕は描いてくれて嬉しいくらいだよ」

首を横に振る少女に、僕は正直に答えた。驚きに見開かれた目に笑みを向ければ、嬉しそうに微笑んだ。