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「うーん、そうねぇ。……ここだけの話、三桁はくだらないんじゃなかったかしら?」

「「三桁!!?」」

彼女の言葉に、僕と妻は心底驚いた。三桁以上の倍率が付いた絵なんて、聞いたことがない。

(僕たちはその絵を取材しに行こうとしているのか……!)

しかも部長の話では可能であれば『手に入れて来い』とも言っていた。倍率三桁を叩き出す絵を、自分たちが買えるわけがないだろう。

「流石に買うのは難しそうだなぁ……」

「そうですね」

「何だい。あんた達あの絵を買いに来たのかい?」

「ああ、いや。買いに来たっていうわけではないんですけど……」

「やめときな、やめときな! 金を払うだけ馬鹿をみるってもんだよ!」

しっしっと手を振って顔を顰めるおばあさんに、僕たちは何とも言えない悲壮感が込み上げて来ていた。

相手は絵画であり無機物であるとはいえ、そこまで恨まれるようなことを言われているのを聞くのは、何とも心が痛む。描いている本人が聞いたら一体どう思うのだろうか。

僕たちはおばあさんの元を後にすると、目的のお店へと向かう。しかし、こんな気持ちでは楽しめるわけもなく、僕たちは柿の葉の寿司を土産として持ち帰ることにした。その日は宿からあまり出ることなく、僕たちは温泉を満喫することにした。



――翌日。

十一時に起きた僕は妻と二人、カメラ片手に観光名所を巡ることにした。

まずはこの地を知ることから始めよう。幸いにも時間はまだまだたくさんある。その間、『華絵 彼岸花』の事に縛られるのも良くない。目的は添えたまま、僕たちは名所をぐるぐると回った。

桜は相変わらず見頃で、写真もどんどんと溜まっていく。僕の腕がいいのか、妻が綺麗なのかはわからないが、数枚は作品として出してもいいくらいのものが撮れただろう。

「あなた、そろそろ休憩しませんか?」

「ああ。もうそんな時間かい? 楽しくて気が付かなかったよ」

妻の言葉に、僕は近くのベンチに妻と二人腰をかける。

妻が持ってきた飲み物を受け取り、静かに啜れば爽やかな緑茶が喉を潤す。

「うん、これぞ花見! って感じだな!」

「ふふっ、飲んでいるのはお酒じゃないですけどね」

「そんなこと言うなよ。飲みたくなってしまうじゃあないか」

「宿まで我慢してくださいな」

「むう」

妻の冗談に口を尖らせれば、はらりと落ちてきた桜が魔法瓶のカップの中へと入っていく。緑色の水面に浮かぶ桜の花びらに僕は勢いよく妻を振り返った。