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「風も強くなってきましたし、そろそろ宿に行きませんか?」

「おお、そうだな。風邪を引いては旅行にならん」

「もう。旅行に来たのではないでしょう」

「はははっ、そうだったそうだった! いやあ、ずいぶん遠くまで来たからつい、な」

はっはっはと笑みを浮かべて、僕は妻の言葉に大きく頷く。呆れたような視線が突き刺さっているが、別に本気で忘れていたわけではない。ただほんのちょっと、ほんの少しだけ、爪の先くらい、浮かれてしまっていただけだ。

――噂に名高い、『華絵 彼岸花』。

圧倒されるほど美しいと言われているその絵画を描いた人物へ、取材をしに来たのが僕だ。

ついでに、本当にいい物であれば写真を撮って表紙にさせてもらえと言ったのは、僕の上に就く部長の言葉。……何でも、今回は新しくできた美術館にあやかり、美術系の特集を組もうと画策しているのだとか。

(本当に世の中の動きに目ざとい人だ)

だからと言って、急に出張を言い渡してくるのはどうかと思うが。

「大丈夫だよ。ちゃあんと取材のことは覚えているさ」

僕はそう告げると、首から下げた一眼レフカメラをするりと小さく撫でた。

「それにしてもいい雰囲気だと思わないか? 絶景も絶景だ。ちゅう秋たちも来られたらよかったんだがなぁ」

「仕方ないですよ。奥様のご実家がお忙しいのですから」

「なんと時が悪い。今回は土産だけを持参し、また今度別の旅行に誘ってやるとしよう」

「ええ。きっと喜ぶと思いますよ」

ふふっと微笑む妻の姿に、僕も笑みを浮かべる。

宿まではそう遠くはない。一度部屋に荷物を置いて、僕たちは目ぼしい観光地を回ることにした。



「よし。まずは昼食を食べないか?」

「ええ。下に観光案内所がありましたし、そちらでいいお店がないか聞いてみてもいいかもしれませんよ」

「おお、そうだな。そうしよう」

僕は荷物を宿に置くと、妻と連れ立って近くにあった観光案内所へと向かった。

ドアを開け、中に入れば白い床と壁が出迎えてくれる。壁にはバスや列車の時刻が多く貼られており、ちらほらと横文字の案内も見える。どうやら行先や使う公共機関で窓口が変わっているらしい。

僕は周囲を見回し、とあるポスターに目が向く。ひと際大きなポスターは、ドラマの宣伝や肩こり腰痛に効くという薬などの広告に混じって、堂々と貼られていた。

「へえ、ここは鎌崎選手が育った町だったのか」

「鎌崎選手?」