09

ひとしきり笑った少女は、自身の描いた絵を見下げる。するりと紙面を撫でる彼女の目は、どこか寂しそうだった。マサキは彼女の様子を、ただただ茫然と見つめる。

化粧のしていない肌は、日に照らされ健康的な色を浮かび上がらせている。目は大きく、前髪は眉よりも少しだけ短い。桜色の唇は薄く、中心部が不自然に赤くなっていた。乾いた血が、僅かに付いている。

「切ったのか?」

「え?」

「唇」

マサキは胸元から半ば飾りになっていたハンカチーフを取り出すと、それを彼女の口元に押し付けた。驚きに目を見開く少女。その目は驚くほど美しい白髪とは違い、真っ黒な色をしている。ハーフか、クオーターか。どちらにせよ、マサキの周りでは珍しいことではない。陰陽師仲間の中には、西洋の聖職者との繋がりを持つ人間だっているんだから。

「あ、あの」

「まだちょっと血が付いてる。止まるまで咥えてていいよ」

「え、えっと……」

「ああそうか。両手が塞がっているんだもんね。抑えるの変わろうか」

「あ、じゃあ……えっと」

少女はマサキの勢いに押されるようにこくりと頷いて、自分の手元を見た。そこには没になった絵が彼女の手元で風に揺られ、時折音を立てている。マサキはそれを目にすると、一瞬手を伸ばすのを躊躇った。

……どこか神聖なもののような絵の数々。綺麗なそれらに自分の手が触れてもいいものかと逡巡する。しかしこのままではいられないのも事実。マサキは慌てて自身の服に手のひらを擦り付け、彼女の手に代わって没作品の絵を風に飛ばされないよう抑え込んだ。

彼女の細い手が離れ、ハンカチーフに添えられる。マサキは地面から絵を拾い上げ、もう片手に持っていた作品を彼女から受け取り、手元にまとめる。歪んだ紙が目に入り、何だか悔しい感覚が体を巡り出す。

「あ、ありがとうございます……」

「いえいえ。これも俺の仕事の一環ですから」

マサキの言葉に、少女は首を傾げる。

「警察官、ですか?」

「いいや、僕は陰陽師だよ。こう見えても天才陰陽師と言われていてね」

「へ、へえ」

「おや。その顔は信じていないだろう?」

「ま、まあ。……陰陽師なんて、本でしか読んだことないので」

「ふっふっふ! そうかそうか、それじゃあ仕方がない!」

「え?」

「僕がどれだけ凄くて天才的な陰陽師であるか、見せてあげよう!」

バッと腕を広げ、語り口調で話し出すマサキに、少女は驚く。

マサキは彼女に絵が描かれた紙を指差すと「これは必要な物?」と問いかけた。