見慣れた天井。使い慣れた寝具。
長い...長い夢を見ていた気がする。
起き上がろうとするが、体が鉛のように重く上半身を起こすので精いっぱいだった。
今何時だろうかとスマホを探すが、近くには見当たらない。
陽の当たり具合だと、朝だろうか...チュンチュンと呑気なスズメたちの鳴き声が聞こえる。
「お兄ちゃん!?」
扉の前に、お盆をもった優紀が立っていた。
とても驚いた様子で私の学習机にお盆を置くと、階段下に向かって叫んだ。
「お母さん!!お兄ちゃん目覚ました!!!」
階段を駆け上がる音がして母親が部屋までやってきた。
私のベッドのそばまで来ると、優しく抱きしめてくれた。
「心配ばかりかけて...」
母はしばらく抱きしめた後、状況を説明してくれた。
私が霊仙神社の境内で倒れていた所を前原さんの息子さんが見つけてくれたらしい。
それで近くの総合病院に運び込まれたものの、外傷はなく意識だけ戻らなかったようだ。
「あんたをみたときはびっくりした...髪が、真っ白なんだから」
自分の髪をみると確かに染められたかのように真っ白く変色しており、
足先まであるぐらいに髪の毛が伸びていた。
「ねえ、ほんとになんともないの?!」
「うん...体が重いくらいかなぁ」
私が苦笑いしながら答えると、母は安堵した表情を見せた。
どうやら三日間も寝込んでいたらしい。
記憶はまるで霞のように断片的だが、強く覚えていることはあった。
白兎を――――失ってしまったんだ。
ぎゅっと手を握りしめる。
私がもっと力があれば守ることができたろうに。
ごめん...。
「ど、どうしたのお兄ちゃん」
つい涙があふれてしまった。
もうあの優しい音色を聴く事ができないんだと思うと辛くてたまらなかった。
「玲...大丈夫だからね。学校もしばらくは休んでいいから」
「お父さんには連絡しておくから、お粥なら食べれるかしら...」
「優紀が持ってきてくれたから、机にあるからね」
そういうと母は詮索はせず弟を連れて部屋を出ていった。
気をつかってくれたのだろう。
ベッドに置いてあるウサギのぬいぐるみを抱きしめる。
「帰ってきてほしいよ...白兎」
そう呟くと、どこからか鳥の囀りのような声が聞こえた。
「あら、我のことは思い出してはくださらぬのですか、我が君」
「こんなにもお慕い申し上げているといいますのに...げに悲しきことです」
ハッと見上げると窓辺に20代前半であろうか、若く綺麗な女性が立っていた。
雅な和装をしているが丈が短くミニスカートのようになっている。
胸元を強調するように、◇の穴があいており、
黒い長髪を束ねるように美しい金の簪を身に着けていた。
「え...君はいったいどちらさま...」
「我は記憶にあらず...?!これも天が与えたもうた難行苦行なのだと...!?」
激しく動揺する女性はよく見ると、紅のアイシャドーを入れてあった。
玉のような白い肌が陽光に照らされて輝いてすら見えた。
「紅桜にございます。我が君が与えてくださった名ですよ」
「憶えておらぬのも無理はありませんね...あのような力の発露をみせては」
そうだ、確か退魔師と対峙して大きなカラスの前に立った時に白兎が庇ってくれて...
それで...私は全部壊れてしまえばいいと願ったんだ。
とても大きな力に包まれて...そこからは覚えていない。
「ごめん...まったくわからないんだ。僕が君に名前をあげたんだね」
「ええ、その通りです!紅桜...なんて美しい響きなのでしょう!!」
紅桜と名乗る女性は感嘆したように両手を合わせ、キラキラと目を輝かせた。
「百足のカラダにも慣れていたものですから、手足が4本というのも不思議でございます~!」
百足...そういえば、そんな妖怪がいた!
もしかして...
「君があの"百足女"だったってこと...!?」
「あらまあ、そのようにおっしゃられると恥ずかしい限りでございますが...仰る通りです」
「でもどうやって...君は、もう死んじゃうんじゃないかって思ったのに」
「是、まさしく生死流転!我が君の秘術によりて再臨した次第でございます!」
そんな、妖怪を人の姿に変えることができるなんて...。
ましてや自分がそんな術を使ったなんて信じられない。
「あ、ちなみにでございますが...衣服は我が術によりて創造致しました」
「ご趣味に合わぬようでしたら、恥ずかしきことですが赤子の如き姿になります故...」
そういうと頬を赤らめてモジモジとする紅桜。
「だ、大丈夫!!すごく似合ってて素敵だと思うよ!」
そういうとパァっと笑顔になった紅桜は上機嫌になったようだ。
ベッドに近寄り、腰をかけると私の側で語り始めた。
「我が君、さきほどの白兎殿の件でございますが...消失してはいませぬ」
「え、どういうこと...?」
驚き、私は尋ねる。
「おそらく、我が君と白兎殿は魂の契りを交わされているご様子」
「それ即ち、我が君が存命である限り眷属たる白兎殿は生きておられます」
「ちなみに我も眷属でございます」
紅桜の瞳はエメラルドのような美しい虹彩だった。
甘い花のような香りが漂っている。
紅桜は私の胸に手をあてた。
「フフ、やはり男子でございますね。まるで女子のように可憐な容姿だといいますのに」
ビクっと私が震えると、紅桜はその細く長い白い指で胸をなぞるように動かした。
「ここ...所謂、心というものに白兎殿は眠られておられます」
「我が君をお守りするために、限界以上の力を引き出した故深く眠られているのかと」
心配そうにする私にさらに紅桜は続けた。
「時がくれば必ずお目覚めになりますよ」
「ほんとに...?」
「ええ、もちろんでございます...」
泣きそうな私に何故か興奮している紅桜を見て少し冷静になる。
ともかく、いなくなっていないのなら...本当によかった...。
「白兎殿の代わりではございませんが、我、紅桜がお側におります故...」
そういうと紅桜は私を抱き寄せ、頭を撫でた。
柔らかな胸の感触に包み込まれ私は不覚にも安堵してしまった。
すると部屋の扉が開けられ優紀がそこに立っていた。
「ちょ、ちょっとまずい...」
「我が君、ご心配なく。普通の人には気配を隠しているので我は見えません」
「お兄ちゃん、だれ...それ」
え?と弟を見る紅桜。
え!?と紅桜を見る私。
「え、えーっと...もしかしてぇ...我のコト、みえちゃったりなんちゃったり...」
「お姉さんはどちらさま...ですか」
「我は...あの、我が君のですね...伴侶...」
「我が君...?伴侶って...??」
激しく動揺している紅桜。
見えないんじゃなかったのか...?
しかも伴侶とか勝手なことを言われるとややこしくなるだろうに!
「優紀、この人は僕の友達なんだけど心配してお見舞いに来てくれたんだ」
「ほらご挨拶して!友人の紅桜さんだよ」
怪訝な顔をしてはいるものの、挨拶は大事だと教わっているのでお辞儀をする優紀。
「はじめまして、弟の優紀です!お兄ちゃんこんな綺麗な人とどこであったの!?」
「え?えーと...マッチングアプリ...かな...」
「それって俺にもできる!?」
「子供はダメ!!!ほら、もう大丈夫だから行って!お母さんには内緒だよ!」
「う、うん...じゃあ俺もう学校いく...ね」
優紀はそういうと、紅桜をまじまじと見つめている。
視線に気づいた紅桜が手を振ると、嬉しそうにぶんぶんと手を振って優紀は部屋を後にした。
「なにが見えないって...?」
ギロリと紅桜を見ると、申し訳ございませんと床の上で土下座をはじめた。
「本来であれば、我の姿を見ることは不可能なのでございますが...」
「おそらく我が君の血縁、さらに弟君ということもあって見えたのかと...」
「あ、そ、それと我が君!今更ではありますが、お名前をお伺いしたく...!」
あれ、言ってなかったっけ...。
そういえばゴタゴタしてたから名乗り忘れちゃったかな。
「僕は天原玲だよ。今更だけど、よろしくね!」
名を告げると、紅桜はベッドの前に跪いた。
そして両手を上に掲げ何かを受け取るような仕草をとった。
「御名、承知しました。我が君、玲様」
「至高の主にして、我らが妖の巫女様に畏み拝謁いたします」
膝をついた紅桜は胸元がはだけて見えた。
私はすぐに視線をそらしたが、目ざといのかそれに気づきクスっと笑われてしまった。
「いくらでもご覧くださいませ、我の全ては我が君のものでございます故...」
誘惑的な紅桜を前にして、本当にあの百足の妖怪だったのかと未だに信じられなかった。
それよりも、私は知らなければいけないことがある。
この髪の事もそうだが、微かに憶えている自分の変異した姿と力。
"妖の巫女"と呼ぶ理由。
朝の陽気とは裏腹に、私の体から邪気が満ち満ちている理由を――――――
長い...長い夢を見ていた気がする。
起き上がろうとするが、体が鉛のように重く上半身を起こすので精いっぱいだった。
今何時だろうかとスマホを探すが、近くには見当たらない。
陽の当たり具合だと、朝だろうか...チュンチュンと呑気なスズメたちの鳴き声が聞こえる。
「お兄ちゃん!?」
扉の前に、お盆をもった優紀が立っていた。
とても驚いた様子で私の学習机にお盆を置くと、階段下に向かって叫んだ。
「お母さん!!お兄ちゃん目覚ました!!!」
階段を駆け上がる音がして母親が部屋までやってきた。
私のベッドのそばまで来ると、優しく抱きしめてくれた。
「心配ばかりかけて...」
母はしばらく抱きしめた後、状況を説明してくれた。
私が霊仙神社の境内で倒れていた所を前原さんの息子さんが見つけてくれたらしい。
それで近くの総合病院に運び込まれたものの、外傷はなく意識だけ戻らなかったようだ。
「あんたをみたときはびっくりした...髪が、真っ白なんだから」
自分の髪をみると確かに染められたかのように真っ白く変色しており、
足先まであるぐらいに髪の毛が伸びていた。
「ねえ、ほんとになんともないの?!」
「うん...体が重いくらいかなぁ」
私が苦笑いしながら答えると、母は安堵した表情を見せた。
どうやら三日間も寝込んでいたらしい。
記憶はまるで霞のように断片的だが、強く覚えていることはあった。
白兎を――――失ってしまったんだ。
ぎゅっと手を握りしめる。
私がもっと力があれば守ることができたろうに。
ごめん...。
「ど、どうしたのお兄ちゃん」
つい涙があふれてしまった。
もうあの優しい音色を聴く事ができないんだと思うと辛くてたまらなかった。
「玲...大丈夫だからね。学校もしばらくは休んでいいから」
「お父さんには連絡しておくから、お粥なら食べれるかしら...」
「優紀が持ってきてくれたから、机にあるからね」
そういうと母は詮索はせず弟を連れて部屋を出ていった。
気をつかってくれたのだろう。
ベッドに置いてあるウサギのぬいぐるみを抱きしめる。
「帰ってきてほしいよ...白兎」
そう呟くと、どこからか鳥の囀りのような声が聞こえた。
「あら、我のことは思い出してはくださらぬのですか、我が君」
「こんなにもお慕い申し上げているといいますのに...げに悲しきことです」
ハッと見上げると窓辺に20代前半であろうか、若く綺麗な女性が立っていた。
雅な和装をしているが丈が短くミニスカートのようになっている。
胸元を強調するように、◇の穴があいており、
黒い長髪を束ねるように美しい金の簪を身に着けていた。
「え...君はいったいどちらさま...」
「我は記憶にあらず...?!これも天が与えたもうた難行苦行なのだと...!?」
激しく動揺する女性はよく見ると、紅のアイシャドーを入れてあった。
玉のような白い肌が陽光に照らされて輝いてすら見えた。
「紅桜にございます。我が君が与えてくださった名ですよ」
「憶えておらぬのも無理はありませんね...あのような力の発露をみせては」
そうだ、確か退魔師と対峙して大きなカラスの前に立った時に白兎が庇ってくれて...
それで...私は全部壊れてしまえばいいと願ったんだ。
とても大きな力に包まれて...そこからは覚えていない。
「ごめん...まったくわからないんだ。僕が君に名前をあげたんだね」
「ええ、その通りです!紅桜...なんて美しい響きなのでしょう!!」
紅桜と名乗る女性は感嘆したように両手を合わせ、キラキラと目を輝かせた。
「百足のカラダにも慣れていたものですから、手足が4本というのも不思議でございます~!」
百足...そういえば、そんな妖怪がいた!
もしかして...
「君があの"百足女"だったってこと...!?」
「あらまあ、そのようにおっしゃられると恥ずかしい限りでございますが...仰る通りです」
「でもどうやって...君は、もう死んじゃうんじゃないかって思ったのに」
「是、まさしく生死流転!我が君の秘術によりて再臨した次第でございます!」
そんな、妖怪を人の姿に変えることができるなんて...。
ましてや自分がそんな術を使ったなんて信じられない。
「あ、ちなみにでございますが...衣服は我が術によりて創造致しました」
「ご趣味に合わぬようでしたら、恥ずかしきことですが赤子の如き姿になります故...」
そういうと頬を赤らめてモジモジとする紅桜。
「だ、大丈夫!!すごく似合ってて素敵だと思うよ!」
そういうとパァっと笑顔になった紅桜は上機嫌になったようだ。
ベッドに近寄り、腰をかけると私の側で語り始めた。
「我が君、さきほどの白兎殿の件でございますが...消失してはいませぬ」
「え、どういうこと...?」
驚き、私は尋ねる。
「おそらく、我が君と白兎殿は魂の契りを交わされているご様子」
「それ即ち、我が君が存命である限り眷属たる白兎殿は生きておられます」
「ちなみに我も眷属でございます」
紅桜の瞳はエメラルドのような美しい虹彩だった。
甘い花のような香りが漂っている。
紅桜は私の胸に手をあてた。
「フフ、やはり男子でございますね。まるで女子のように可憐な容姿だといいますのに」
ビクっと私が震えると、紅桜はその細く長い白い指で胸をなぞるように動かした。
「ここ...所謂、心というものに白兎殿は眠られておられます」
「我が君をお守りするために、限界以上の力を引き出した故深く眠られているのかと」
心配そうにする私にさらに紅桜は続けた。
「時がくれば必ずお目覚めになりますよ」
「ほんとに...?」
「ええ、もちろんでございます...」
泣きそうな私に何故か興奮している紅桜を見て少し冷静になる。
ともかく、いなくなっていないのなら...本当によかった...。
「白兎殿の代わりではございませんが、我、紅桜がお側におります故...」
そういうと紅桜は私を抱き寄せ、頭を撫でた。
柔らかな胸の感触に包み込まれ私は不覚にも安堵してしまった。
すると部屋の扉が開けられ優紀がそこに立っていた。
「ちょ、ちょっとまずい...」
「我が君、ご心配なく。普通の人には気配を隠しているので我は見えません」
「お兄ちゃん、だれ...それ」
え?と弟を見る紅桜。
え!?と紅桜を見る私。
「え、えーっと...もしかしてぇ...我のコト、みえちゃったりなんちゃったり...」
「お姉さんはどちらさま...ですか」
「我は...あの、我が君のですね...伴侶...」
「我が君...?伴侶って...??」
激しく動揺している紅桜。
見えないんじゃなかったのか...?
しかも伴侶とか勝手なことを言われるとややこしくなるだろうに!
「優紀、この人は僕の友達なんだけど心配してお見舞いに来てくれたんだ」
「ほらご挨拶して!友人の紅桜さんだよ」
怪訝な顔をしてはいるものの、挨拶は大事だと教わっているのでお辞儀をする優紀。
「はじめまして、弟の優紀です!お兄ちゃんこんな綺麗な人とどこであったの!?」
「え?えーと...マッチングアプリ...かな...」
「それって俺にもできる!?」
「子供はダメ!!!ほら、もう大丈夫だから行って!お母さんには内緒だよ!」
「う、うん...じゃあ俺もう学校いく...ね」
優紀はそういうと、紅桜をまじまじと見つめている。
視線に気づいた紅桜が手を振ると、嬉しそうにぶんぶんと手を振って優紀は部屋を後にした。
「なにが見えないって...?」
ギロリと紅桜を見ると、申し訳ございませんと床の上で土下座をはじめた。
「本来であれば、我の姿を見ることは不可能なのでございますが...」
「おそらく我が君の血縁、さらに弟君ということもあって見えたのかと...」
「あ、そ、それと我が君!今更ではありますが、お名前をお伺いしたく...!」
あれ、言ってなかったっけ...。
そういえばゴタゴタしてたから名乗り忘れちゃったかな。
「僕は天原玲だよ。今更だけど、よろしくね!」
名を告げると、紅桜はベッドの前に跪いた。
そして両手を上に掲げ何かを受け取るような仕草をとった。
「御名、承知しました。我が君、玲様」
「至高の主にして、我らが妖の巫女様に畏み拝謁いたします」
膝をついた紅桜は胸元がはだけて見えた。
私はすぐに視線をそらしたが、目ざといのかそれに気づきクスっと笑われてしまった。
「いくらでもご覧くださいませ、我の全ては我が君のものでございます故...」
誘惑的な紅桜を前にして、本当にあの百足の妖怪だったのかと未だに信じられなかった。
それよりも、私は知らなければいけないことがある。
この髪の事もそうだが、微かに憶えている自分の変異した姿と力。
"妖の巫女"と呼ぶ理由。
朝の陽気とは裏腹に、私の体から邪気が満ち満ちている理由を――――――