「今日はどんな感じにされますか~?」

「ショートヘアで、がっつりと短くしてください」

私は美容室に来ていた。
伸びきってしまったこの髪をそのままにはしておけないからだ。

「えーこんな長いのにイイんですかぁ~わかりましたぁ!!」

元気なお姉さんがテキパキとカットしていってくれる。
見る見るうちにすっきりとしていくのがわかり、頭が軽くなっていく気がする。
ふと横を見ると美容師さんがカットしているのをじーっと眺めている紅桜がいた。

「ふんふん、現代の髪切(かみきり)はこのようにするのでございますね」

紅桜にとっては異世界転生したかのような感覚なのだろう。
ちなみに、紅桜の姿は一般の人には見えていないようで不可視なのは本当だったようだ。

美容室を出ると昼を過ぎていたようだ。
すっかり風通しの良くなった頭髪は美容室のトリートメントでよい匂いがしていた。

「これからどうしよう...しばらく学校は休んでいいことにはなっているけど」

おもむろにスマホを見ると、トークアプリのWINEに友達からメッセージがきていた。

【賢一:おい、玲だいじょうぶか?休んでるって聞いたぞ!返事くれよ!!】

んー...なんて返そうかな。
【心配かけてゴメン!(´;ω;`)大丈夫だよ!また落ち着いたら復帰する!】...と。
あ、塚原からも連絡が来ていた。

【塚原:どうかした?風邪?みんな心配してるぞ~(/・ω・)/】

誰かが自分の事を気にしてくれてるのって、嬉しいな。

【わわ、ごめんよ(;´∀`)体調くずしただけ!心配ありがとう!!】
...これでよし、と。

何はともあれ、結局のところ出来ることというのは日々を過ごすだけだ。
紅桜が言うには私がこれまでしてきた通りに怪異の心を静めていくのがよいのだと。

「なさりたいことをなさいませ、我が君」なんて言っていたけれど。
白兎が目を覚ますまで気長に過ごそう...。

桜並木を自宅に向かって歩いていると、道路脇に小さい地蔵のようなものがあった。
苔むし、薄汚れた石造りの地蔵は小さいながらも不思議な神気を放っていた。

「これはこれは道祖神(どうそしん)ではありませんか」

「知ってるのかい?」

「村境などに置かれ旅の安全を祈願するものでございます」

「そうなんだ...ずいぶん汚れてしまっているね」

「神というものは信仰するものがいなければ力を発揮できないもの...」
「あまり手入れもされていない様子なので、もはや力はなきに等しいかと」

思えばこのあたりで大きな事故が起きたという話は聞いたことがなかった。
もしかしたら、この小さな神様のおかげなのかもしれない。
どれぐらいの月日をこの場所に居続けたのだろうか。

私は両手を合わせた。
何を願うでもなく、感謝を伝えたかった。
そういえば学校にいた黒猫の怪異もそんな気持ちだったのだろうか。

「不思議でございますね。その御姿はつい巫女様を思い出してしまいます」

「そうなんだ...なんだか、邪悪な力で暴れまわってるものだとばかり...」

「...ふむ、それは拡大解釈ではございますが昔の巫女様は違ったのですよ」

「違った?どういうこと?」

「弱きものを助け、悪しきものを(いさ)め、人にも妖にも慈愛の眼差しを向けておられました」

そういうと紅桜は懐かしそうに道祖神を見つめた。

「雪が降った日のこと、巫女様は大変はしゃいでおられました」
「すると雪に埋もれた石につまづき、転倒なさったのです」
「頭からぶつけた巫女様は涙ぐみ、このような思いを民草がしてはいけないと大きい石を用意して一心不乱に削り始めたのです。それは七日七晩続き、手は赤く腫れただれるまでになっていました」

「へぇ~...全然そんなことをする人には感じなかったけど」

「ようやっと作り上げた石造りの人形を、お転びになられた道の側に置かれたのです」
「巫女様は毎日、祈られました。人々の平穏と安全を」
「そして自らの神気を分け与えるように人形の頭に置いたのです」
「すると、どうでしょう...神なるものが宿ったではありませんか、誠驚嘆でございます」

「神が宿るなんてことがあるんだ...」

付喪神(つくもがみ)と同じく、正確には精霊の如き存在でしょう」
「幾数年ここにあったか、もはや散ってしまったのでしょう」

「そっか...」

この道祖神も誰かが、誰かを想う気持ちでつくりあげられたのかな。
私には巫女のような力はないけれど
道行く人をこれからも見守っておくれ..。

そう願い、地蔵の頭に手を乗せた。
残念ながら何も起きなかったけれど、どこか懐かしいようなそんな気持ちになった。

「ふー...それじゃ家に帰ろうか~お腹もすいてきたし、ね!」

「はい~よきお考えと存じます~!我もいかなる昼食(ひるげ)か気になります!」

「でも君はたべられないんじゃ...」

「いえいえ!妖といえど食すことは可能でございます!生あるものには神気がですね...」

紅桜が得意げに長い講釈を歩きながら始めた。
私たちが離れた後、道祖神の後ろから小さい何かがひょこっと現れた...
そんな気配を感じたのだった―――――