二人で最後の星空を見た日から一ヶ月後に、彼女は亡くなった。
僕のそれからの生活はほとんど変わらなかった。朝起きて学校に行って、授業を受けて、放課後はたまに城田達と遊んで家に帰る。変わったことは、僕が星を見るときに隣に君がいなくなったことくらいだった。
彼女が死んだ事実を受け止めるのに、相当な時間が必要だった。
彼女のことを思い出しては、泣いて、吐いて、何度も苦しんだ。意地悪だった君は死んだ後にも僕に意地悪を残していったのだ。
八月七日。彼女が亡くなってから三ヶ月後に二度目の彼女の誕生日が来た。結局一度も山崎さんの誕生日を祝うことができなかったのは、僕にとって大きな後悔となった。
その日の下校中に彼女の妹の美優に声をかけられた。何事かと思えば、懐かしいものを渡された。
「これ、お姉ちゃんから次の私の誕生日に渡してって頼まれたんです」
それは彼女がいつも大切に持ち歩いていた『願い事リスト』が書かれた一冊のノートだった。
「中は見てません。だから何が書いてあるのかはわかりません」
それだけ言って彼女は去っていった。
家に帰ってから、僕は手元に残った一冊のノートを眺めた。
ようやく君が死んだことを認められたというのに、今更こんなものを僕に渡してくるなんて、やっぱり彼女は死んでも意地悪なやつだ。
僕は早速、中を見てみようと思ったけれど一度考えを改めた。
これを見るのは相応しい場所でなきゃならないと思った。
夜になって僕は外に出た。生ぬるい風を浴びながら、慣れた足取りで河川敷に向かった。
堤防を降りて、僕の定位置だったいつもの場所に座った。隣に彼女はいない。でも、いつも変わらない秀麗な星空は確かにあった。
星空を見る前に、僕は彼女から貰ったノートを開いて読んだ。端的に言うと彼女は僕を騙していた。ノートの中には彼女の願い事リストなんて書かれてはいなかった。いや、正確に言えばたった一つしか書かれていなかった。
『死ぬ前に恋がしたい』
女の子らしいといえばいいのだろうか。そんな一行がノートの初めのページに大きく書かれていた。
僕はさらにページを捲っていく。二ページ目からは彼女の日記が書かれていた。僕と出会った日から死ぬまでにあった出来事が事細かに書かれていた。
小説のように細かく書かれた日記は、僕と彼女の思い出を簡単に想起させた。枯れ果てたと思っていた涙が際限なく流れ出た。
そして、最後の数ページには僕へのメッセージが書かれていた。隣にいる見えない彼女が、僕にこれを読み聞かせているような気がした。
彼女からのメッセージを読み終えた僕はノートを閉じて寝転がった。
スピカ、アークトゥルス、アルゴル、デネブ、ベガ、アルタイル、シリウス————。
彼女に教えてもらった星を視線で順に追っていく。いつもと変わらないこの星空の中に、もしかしたら君も居るのかも知れないと思った。
————山崎月理、願い事リスト。
私のこと忘れてないよね?? 忘れてたら夢の中で君のことを叩きにいくよー。
なんて、こういう遺書??の最初ってどういう事を書けばいいのかわからないからくだらない冗談を書いてみました。
それでは本編。
どうやら私はもうすぐ死んでしまうみたい。病気になってわかったけれど、自分が死にそうな時ってなんとなく分かるんだよ。あー、もうすぐだなって、だからきっと君に会うのは昨日の夜で最後だね。
悲しいけど、私は満足してる。病気が発覚して最悪な人生だって思ってたときもあったけど、君に出会って変わったよ。
私は私としてこの人生を生きることができて幸せだった。素敵な家族に恵まれて、優しい友達に出会えて、そして君に出会えた。この出会いは病気の私という人生じゃないとありえないものだったと思うから。
昨日も言ったけれど私は死んだら流れ星になって、君のことを見守ります。だから君も言ってくれたことを、『もう一度私に会えるように』私にお願いしてね。君の流れ星として、私が叶えてあげるから。
そう言えば、私が馬鹿みたいに笑ったときのこと、覚えてる??
ほら、君が私のことを流れ星だって言ったときのこと。私が笑ったのは私のことを流れ星に見立てた君を馬鹿にして笑ったわけじゃないよ。本当に。私があんなに笑っちゃった理由は、実は私も君と同じことを考えていたからだよ。
君は私のことを流れ星だって言ってくれたけど、実は私も君のことをそう思ってたの。
突如として私の目の前に現れた君は、病気のことで沈んでいた私の世界を不器用に照らして、そして、私のたった一つの願い事を叶えてくれた。そんな君は私にとっても、そう見えたんだよ。
あの日の夜、私を見つけてくれたのが君でよかった。私を最後まで照らしてくれたのが君でよかったよ。
それじゃあまた、君の幸せを心から願ってる。山崎月理より愛を込めて、
————流星のような君へ。