目を開けると夜の空に無数の星が浮かんでいた。
 名前のある星。名前のない星。けれどそのどれもが格差なんて感じられないほど綺麗で、なんとなく見つめた空から視線を外せなくなった。
 スピカ、アークトゥルス、アルゴル、デネブ、ベガ————。
 寝そべったまま、いつか彼女に教えてもらった星を順に目で追っていく。どれも疑いようもないほどに輝いているのに、それでも僕が一番好きだったあの星より光を放っているものはどこにもない。

———今日こそは見られるだろうか。

 そんなことを思いながら河川敷の草原に体を預けていると、突然目の前が光に照らされた。
 少しだけ期待して、けれど瞬時にその期待は崩れ落ちた。

「おい(ゆう)、こんなとこにいたのかよ」

 クラスメイトの城田がスマホのライトで照らしながら、寝転がる僕にそう言った。
 忘れていたわけではないけれど、今日は数人のクラスメイトと近くの神社祭りにいく予定があった。

「ごめん。早く着いたから寝てた」
「ったく、みんなもう下で待ってるから行くぞ」

 適当に言い訳をすると、城田は呆れた様子で踵を返した。
 僕は体を起こして城田に続いて河川敷の階段を降りていく。その途中、見ていた空の景色が名残惜しくなって振り向けば、空には一筋の光の線が引かれていた。ああ、あれだ、と性懲りもなくそう思った。

———お、流れ星。

 城田が呟くと同時に走り出していた。どこかあの星が見えるところに無我夢中で走った。
 堤防の一番高いところに着いてもう一度空を眺めると、またほんの一瞬だけ流れ星が見えた。数秒してもう一度、そのあとすぐにまた星が落ちる。何度も何度も、それは自分の存在を主張しているように僕の前で流れた。

「はは。綺麗すぎるだろ」

 流れ落ちていく星を見て思わず笑っていた。光に包まれ落ちていく星は一等星よりも、シリウスよりも輝いていた。

「はぁ、はぁ、お前まじでいい加減にしろって」

 追いついてきた城田が辛そうに地面に倒れ込んだ。予定をほっぽりだして走った僕を咎める気で追いかけてきたのだろう。それでもそんなことは今はどうでもよかった。

「なあ城田。あの流れ星さ、もしかしたら山崎さんじゃないか??」
「は?? 何言ってんのお前」

 訊ねると城田は訝しむような目つきで僕を見てきた。それはなにも特別な反応じゃなくて、至って普通のリアクションだった。流れ星を人に例えるなんて普通の人ならありえない。

「……やっぱりなんでもない。どうかしてんな僕」

 城田にあっけなく否定されて我に返った。らしくもなく空想を願ってしまったのはいいけれど、それに同調を求めるのはどうかしていた。

「いや、でもそうか」

 けれど、城田が急に頷く。

「なんだよ急に」
「思い返してみたらさ、確かに山崎さんは誰よりも輝いてたなよなー」

 城田が本気で納得したように言うから、思わず吹き出してしまう。

「いいよもう、僕の言ったことは忘れてくれ。ほら、みんな待ってるだろうからもう行こう」
「ああ、そうだな」

 僕と城田は話を中断して堤防を下る。
 最後にいくつもの星が瞬く、もしかしたら君がいるかもしれない夜空に、じゃあまた、と別れを告げて。

 流れ星と人間が似ているだなんて、冗談のように思えるけれど本当にそうだった。
 山崎月理(やまざきつきり)、突如として僕の前に現れた彼女は誰からも好かれる人気者で、鬱蒼としていた僕の世界を一瞬にして変えてしまった。いや、僕だけじゃない。もしかしたら城田や、他の同級生たちの世界も僕の知らないところで変えてしまっていたのかもしれない。
 明るくて、優しくて、力強くて、厳しくて、それでいて儚くて。そんな君の姿はまるで流星のようだった。