春から高校生三年に進級した私は、さり気なく窓を覗き込む。

 窓の外には桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちるが、深く溜め息をする。

 「ハァァ……」

 この二年間、私には将来の夢はないし、かといってなりたい職もなかった。

 そんな事を漠然と不安になりながら、学校に通っていた。

 以前に担任からはそろそろ就職・進学するかの紙を配られていたが。

 「おい、希野。もう生徒たちは提出しているのにお前だけ出していないぞ」

 教務室に呼び出され、お叱りを受けたのだ。

 「すみません。先生、でも……書けないんですよ」

 そう、私だけが書けずにいた。

 『ハァ〜』と額に手を当て、困っているがそれでも私に目を向ける。

 「あのな希野、なんかこう……具体的にやってみたい事はないのか?」

 腕を組み、私は考えてみるがそれでも見つからない。

 「先生、思いつきません」

 「じゃあ趣味とかないのか?それでなら何かしらでるだろ」

 趣味……趣味かぁ。

 ふと、ある出来事を思い出す。それは友人の野澤との買い物だった。

 「なぁ希野!この本、面白かったからお前も読んでみろよ」

 友人が持っていたのはどこにでもある小説だった。

 「えぇ……分かったよ」

 私は渋々、その本を読んでみた。元々、文章を読む事が苦手で漫画みたいに絵が無く、面白くないと興味がなかった。

 最初は三ページだけ見て終わろうとしたがなぜか自分でも分からず食いついて読んだのだ。

 ペラリペラリとページをめくり、文章をジックリと視て、登場人物の魅力と心情、そこにある世界観。

 さらにはそこからどうなるのだろうというワクワクした気持ちが湧き上がり、いつしかハマっていた。

 「なっ面白いだろ!」

 「……」

 野澤がニッカリ笑顔で自分が見つけた小説の良さを教えていたのだが、その声は集中していて私には聞こえていなかった。

 そんな事を思い出した。

 「そうですね……小説を書いてみたいです」

 「小説を書きたいのか?」

 しまったーーつい心の中に潜ませていた本音がつい口からポロッと滑り出てしまった。

 「良いんじゃないか。小説」

 「そうですか?でも今からじゃ遅い気が」

 「そんな事はないぞ。それよりチャレンジしたらどうだ?」

 「ハ、ハァ」

 「お前にとっては良い経験になると思うぞ」

 そうして私は一から初めて自分から創り出す【小説】を書き出した。

 毎日、教室で昼休みと放課後にノートを机に広げて、頭に想像し、浮かんだことを紙に写した。

 とある放課後ーー

 「う〜ん、う〜ん……」

 駄目だーー何度書いてみても文章がデタラメで自分でもおかしいと思う。

 頭を抱えていると後ろからポンッと肩を添えられる。

 「ウワァァ!?だれ……ってお前かよ」

 後ろを振り向くとそこには友人の野澤がいつの間にか居たのだ。

 「おぉすまん。そんなに驚くとはな」

 「もう、ビックリさせるなよ」

 「それよりどうしたんだよ?ノートを広げて、勉強してんのか」

 野澤は私が書いた小説を覗き込もうしたが。

 「ッ……!!」

 私はノートを急いで閉じ、彼に見られないようにした。当然、恥ずかしいからだ。

 「そんなに隠さなくても良いじゃないか……そりゃ!隙あり!!」

 一瞬の隙をつかれ、ノートをとられてしまった。

 「オ、オイ!待てよ。見るなってば!!」

 希野はノートを取り返そうとしたがヒョイヒョイと躱され、ついに内容を視られてしまった。

 「へぇ〜お前、こんなもん書いてんのか」

 「ウッ……」

 私は心臓が締め付けられそうだった。ドクンーードクンーーと不自然に高鳴る。

 『笑われるのか・向いてないぞ』のかと否定され、罵られるかと不安が襲う。

 ギュッとズボンを握り締め、瞳を閉じるが耳は嫌にも冴えていた。

 「スゲェな希野。こんなに書けるのは俺、ムリだわ」

 『へッ』と私は自分が思ったことがバラバラに崩れ、逆にホメられてしまい驚いた。

 「そ、そうか?」

 「あぁスゲェよ。ウン」

 マジマジと小説の中身を視て、野澤は感心していた。

 パチパチと拍手も送られたが希野は認められなかった。

 「ありがとな、野澤」

 「いって、それと希野は小説家になんの?」

 「そんな訳ないだろ。趣味として書こうかなって。大体なれるわけないだろ」

 私は咄嗟に言い訳をしてしまった。本当は違うのにーー。

 『ふーん』と疑いのある目を向けられ、希野はたじろいでしまう。

 「でもよ〜しっかりと書けててスゴイなと思うぞ」

 「あ、ありがとう……ってノートを返せ!」

 自分が書いた小説のノートを野澤から強引に取り返した。

 「まぁ俺はとやかく言わないけどよ。もったいねぇし、自信を持てよ。そんじゃな」

 そう言い残し、教室から出ていく野澤。

 「……分かってるよ。そんなこと」

 希野は不貞腐れたように吐き捨てる。

 自分で諦めて、目の前にある事を切り上げたかった。

 それでも出来なかった。

 そうかーーチャレンジしていく自分に不安を感じて、無自覚に否定して誤魔化していたんだ。

 希野は知ってしまったのだ。小説を書いていく内にノメリ込んでいく自分に。

 想像した物語を描く楽しさにも。

 私は就職・進学の欄にある事を書く。【小説家】と。

 教務室に行き、担任に提出する。

 「そうか……小説家になりたいねぇ」

 「は、はい……そうです。先生」

 妙な汗が流れ、心臓が嫌になく鼓動する。

 「よし、それじゃあやってみろ」

 「へッ……!?」

 「そんなに驚くか?夢を持つ生徒を尊重するのが先生としての責任だろ」

 ホッと胸を撫で下ろすが先生は『だかな』と口を開く。

 「決して簡単じゃないぞ。何回も挑戦して、成功も失敗も必ずある。それでも結果が上手くいかなかったら」

 ゴクッーー

 「そん時は胸を張って、自分が【後悔】しないと思えるようにしろよ」

 残酷な現実を叩きつけるも生徒の背中をそっと後押ししてくれる。

 「ありがとうございます。先生」

 私はこれから小説家になるためにいくつもの作品を創り出すだろう。

 どんなに困難で、厳しい道で、夢が叶わなくてもそれは決して無駄ではない。

 そうして私は一つの目標である"夢"に向かって駆け走る。

 どんな未来が待っていたとしてもーー。