「そうです。今日がはじめてです。なかなか勇気がでなくて……」

 そう言ってやって来る客はめずらしくない。

 個室に漂うほのかに甘い緊張感。それをほぐすように私は笑顔を浮かべ、カルテに目を通した。

「はじめてのネイルサロンにうちを選んでいただけて光栄です。ああ、ホームページをご覧になったんですね」

「はい。完全個室だったので、そこに惹かれて」

 独立して開いたネイルサロンは、もうすぐ三年目を迎える。星の数ほどあるサロンのなかから選んで来ていただくのだから、人目を気にせず最大限リラックスできる空間をつくりたかった。

 身体ひとつでやって来て、心地いいなと感じている間に施術が終わり、弾む心と軽くなった身体で帰っていただく。費用が嵩もうと、完全個室にすることは譲りたくなかった。

「それではニッパーで爪のかたちを整えていきますね。こちらに手を置いてください」

 遠慮がちにアームレストに置かれた手を見た瞬間、私は息をのんだ。毎日のように見ていたこの爪を、忘れるわけがない。